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□Yes.
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「この間の蛇腹切りだけど…」


手から匙が滑り落ちた。
あ、と気付くや否や、彼の素早い反応で土間に着く前に救出される。


「…危なかった。気を付けなさい」

「す、すみません…」


狼狽えるわたしを見て小さく笑みを溢すと、包丁を持ち直して桂剥きを再開した。
先程の「蛇腹切り」とは、最近わたしが高杉さんに思いがけず吐いた嘘だ。
漬物の切り方が上手くいかなくて、繋がったままのそれを見た高杉さんが酷く驚いたものだから。
正直に言えず、見栄を張って「それは蛇腹切りです」と口走ったのだった。


「…あれは、本当かい?」


…あ、この人。絶対意地悪だ。
見え透いた嘘を態とらしく訊ねられ、わたしは困惑に冷や汗を流す。


「………えっ、と…」


あはは、と誤魔化してみたけれど、彼の目は此方の思惑なんかとっくに見抜いていて。
細められた視線が優しすぎて痛い。
…………もう、耐えられない。


「……………嘘、です」


ギブアップだ。
正直に答えると、満足気に噴き出される。
包丁と大根を一度まな板に置いて、拗ねるわたしを柔らかく抱き締めた。


「やはりね…」


爆笑しているくせに、その声は震えることなく澄み渡り、間近なわたしの耳から入って、この胸をじんと締め付ける。
そうだと思っていたよ、ともう一度耳元で甘く響かせられた。
どうして抱き締められているのか解らなくて、だけど鼓膜を揺らす声に肩が震えてしまい、傍らから可笑しそうな笑い声がくつくつと上がる。


「……混乱してる?どうしてこんなことをするのかと…」

「……………っ」


えぇ図星です、と心の中でだけ頷いた。
今、何か言葉を口にしたら、きっと。
赦してくれない気がする…───。


「……君は素直だね」

「……!ふぁっ」


いい子だ、と。耳に寄せた唇が触れながら囁いた瞬間、背筋に甘い痺れが走る。途端に、意思とは関係なく不可解な声を出してしまった。


「…あっ、あ、す、すみません…」

「……ふふ、可愛い声だね」


震えながら謝るわたしを未だに抱え込む桂さんの唇は妖艶に歪む。
そして、今度は正面から顔を近付け、わたしの目を覗き込んだ。


「そんなに震えて…」


寒いの、と抑揚なく訊ねると、此方が返事をする前に吐息ごと塞がれてしまった。
ほんの、一瞬。
…たった一度の瞬きの間に。


「……………っ、」


…からん。
力が抜け、再び匙を落とした。


「…教えてあげるよ」


こんなことをする理由をね。
冷たくて優しい貴方の声は、わたしの身体を廻って熱を与えていく。

お仕置き、とか。
説教、とか。
──…理由なんて、どうだって良い。

確かなのは。
わたしが貴方を好きだという事実。

…それだけ、有れば良い…───。










『Yes.』
(君からの説教なら、お膝抱えて聴きたいわ)



***
桂剥き隊企画『あなたに温められ隊』の提出作品です。
蛇腹切り…のシーンはそもそも夏だったんじゃ?って苦情は拍手から受け付けます、すみません!
タイトルやサブタイトルは、ちょっと気に入ってる曲からお借りしました。好きな人の言うことだったら何でも聞いちゃう(『Yes』)、ていう歌なんですが。
以前カツラーの方々が『桂さんの前でだけMになる』と話していらしたのを覚えていました。
他志士…特に師弟にたいして辛辣(S)な方々が多い気がしてますが(爆)、最愛の桂さんの前では絶対Mなのだ、と。
それを聞いた瀧澤は衝撃&萌え。黒桂さんを書きたくなりました。
あれから一年近く…かな?漸く(生温いけど)黒桂さんを書けて幸せです。
未熟で自信なかったけれども…書くの楽しかったから良いじゃないてことで許して下さい。←ただの自己満
1ヶ月後の企画で続きを書きたいな…、と此処に留めておきます(笑)。

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