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□そうしてまたひとつ君を奪って、
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「…先生」


──…
…………
……………今、何て?


「…っあ、すみません、半平太さん…」


先生、という呼び方に戸惑い唖然としていた僕を見た途端、彼女は頬を赤らめ俯いた。


「いや…」


と返しながらも、内心はとても気になっていた。
普段から呼ばれている通称ではあるが、弟子から呼ばれるのと恋人から呼ばれるのとではかなり違う。愛しい声で聞く『先生』は、何処か胸の奥が擽られるような心地がした。


「…何か、質問かな?」


確認すると、彼女は苦笑して頷き口を開く。


「この字が読めなくて…」

「あぁ、これは…───」


僕は今、彼女に字の読み書きを講じていた。…唐突な「字の読み書きを教えて欲しい」との申し出を引き受けたのだ。


「──…ねぇ、」


何故僕を『先生』と呼んだのかが気になり問い質すと、彼女は一瞬目を伏せた後、怖ずおずと此方に上目を向けた。


「あの……怒りませんか?」

「…うん?僕が、かい?」


こくりと頷かれ、苦笑が洩れる。


「正直、君に先生と呼ばれるのは良い気分だったよ。何でも教えてあげたくなるし…」


…色々と、ね。
そっと抱き寄せ、長い髪を梳きながら耳許で囁く。すると白い肌が一気に赤く上気し、華奢な体はひくりと跳び上がる。


「そ…そうですか…」


動揺した声音も愛らしく思えた。…──それだけ僕は君に夢中なのだ。故に、何と答えられようと許せる自信はある。


「──…あの、ですね」


意を決して紡ぎ始めた声に耳を傾ける。


「以蔵が、半平太さんをそう呼ぶでしょう?」


………以蔵?
何故君の口から彼奴の名前が出るんだ。
…あぁ、今「自信がある」と豪語したばかりなのに。
あからさまに本心を口にすれば、彼女を傷付けてしまうだろうから言わないけれど。
僕の小さな嫉妬心など気にも止めず、彼女は続ける。


「なんか…その…、羨ましくて」

「………羨ましい?」


訝る僕に向かってはにかむように笑い、「はい」と控えめに返事をすると、急に甘えるようにして胸に頬を擦り寄せてきた。


「…先生」

「……!」


心臓が跳ねた。
熱の込もった甘い声が響き、何とも言えない感情が溢れ出す。


「…こう呼ぶと、いつもよりも甘えられる気がして…」

「……成る程」


その可愛いらしさに、堪らず彼女を抱き締めた。
何時も遠慮がちに求められていたから、こうして真正面から向かって来てくれた事は嬉しい。
…しかし、腑に落ちない所もある。


「…僕としては、何時でも甘えてくれて良いんだけどな…」


呼び方を変えなければならないほど、普段の僕は寄り付き難いのだろうか。
少し寂しく感じながら呟くと、腕の中の恋人が小さく震えた。


「…ごめんなさい、半平太さん……」


彼女の腕が首に回り、更に互いの体が密着する。


「ごめんなさい…わたし……」


耳許で聞いた泣きそうな声に胸が痛み、宥めるように背を擦ってやると、少し体を離し、至近で顔を突き合わせた。


「………わたし、悪い子ですね…」

「………え?」


唇が触れ合いそうな距離から吐息混じりに言った。その温度の高さに再び鼓動が変わる。


「……ねぇ、」


見つめられると、逆らえないような感覚。


「……して、くれませんか…?」


………何を、と訊いたら。
君はどんな顔をするのだろう。
そんな事を思いながら、健気な彼女の穢れなき身体を抱き寄せた。






「そうだね…お仕置きしてあげるから、『先生』にお願いしてごらん?」






意地悪く囁けば、何時もの純粋な君が恥じらいの表情を見せる。
だけどもう、止められない。


先生、と。
君が誘ったのだから。






***
タケチーズ企画参加作品です。テーマは『先生』。
あ…なんか、もう……自分でも解らなくてすみませ…ん。この後の展開は言わずもがな…(笑)。
『先生』って何でも受け止めて(受け入れて)くれる存在な気がするし、信頼できるようになると甘えられる存在のような気がするのです。
以蔵はいつも甘えて先生せんせい言ってるのかなーと思いながらそういう場面見てると可愛くて仕方ない……って、あれ、武市さんの企画だった筈…?

豆さん、楽しい企画ありがとうございました〜(*^o^*)

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