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□あいたい。
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『――…俺に近寄るな』



会いたい。



『守る剣は、知らないんだ…』



会いたい。



『…だが、それでも俺の傍に居ると言うのなら』



会いたい。



『お前だけは、絶対に』



会いたい。



『俺が、必ず……守る』



――会いたいよ、以蔵…。






――夜半、夢見の悪いわたしは暗闇の廊下に出て、以蔵の姿を探した。

以蔵は昼間から寺田屋を出ていて、少なくともわたしが床に就くまでには帰っていなかった。


「以蔵…」


手探りしながら、廊下を歩く。
暗く、静か過ぎるそこは、足を踏み出す度に不気味に軋んだ音を鳴らした。


――怖い夢を見た。


何かに追いかけられて、追いかけられて…
必死で逃げてるだけの夢。
だけど、その追いかけて来る「何か」が一体何なのか、恐怖の正体が解らない…。
だからこそ、怖いのだ。

わたしの心臓はまだ早鐘を鳴らして、息は乱れて過呼吸になりつつある。

とにかく、誰かの肌に触れたかった。
温もりで安心したかった。

そのとき、真っ先に想ったのは以蔵だった。

あなたの手に触れたい…。
温もりに包まれたい…。

欲情にも似たその想いはこうして、わたしに突拍子もない行動を取らせる。


「以蔵…」


ねぇ、何処なの。


「いぞう…」


早く来て、わたしを見つけて…。


「い…ぞう…」


わたしじゃあなたを見つけられないよ。


――小さく、その名を呼ぶけれど。
すぐに夜の闇に消えていった…。


調わない呼吸、覚束ない足取り…やっと慣れてきたはずの目も、涙で霞む…――。


わたしはそのまま縁側に座り込んだ。


「――何をしている…!」


求めていた人の声がして、振り向いた。


「……い、」


以蔵!


声が出ずに、掠れた息だけで呼んだ。
驚いたあなたに飛ぶように抱き付いたわたしを、躊躇いながら抱き締めてくれた。


「…っ、い、ぞ」

「何があったんだ……こんな夜半に」


高い背を屈めて、耳元で問うあなたの声に震えた。
優しいあなたの手が、わたしの背を繊細にさする。


「……何故、俺の名を呼んだんだ…?」


今度は声に熱を込めて尋ねられる。


――…あいたかったの…。


囁く。吐息しか出ないわたしの言葉に、あなたは抱く力を強めた。


「…俺が、お前を守る」


そうして、欲しかった言葉をくれる。

やっと安心したわたしは縋りつくように身を擦り寄せ、全身であなたの温もりを求めた。

まどろみの中、唇に温かなものが触れた…――。







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