book
□Appetizing her.
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「――小娘。薩摩藩邸へ来い」
不自由はさせんぞ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
…長州藩邸にて。
邸主の高杉、龍馬等との会合の折、あの娘が情けない顔をして会合の間の手前にある縁側に座って居た。
何故、あいつが?
思ったが、着物姿のあいつを見て、そんな疑問は瞬時にどうでも良くなった。
あの珍妙な格好もまぁまぁだったが…――
桜色の着物も意外とよく似合っている。
…小娘にしては、多少背伸びしたかも知れぬが。
近づいても近づいても、あいつは私の気配にすら気付かなかった。
……それほどに思い、考えていたのだろう。
顔を見れば、俯き、眉間を寄せ、目には少しばかりの潤み。
唇はきゅっと引き結ばれている。
――…思わず見入った。
小娘風情が憂いた所で何の色気も無い。
……筈だが、色素の薄い髪を片方に流していた為に項(うなじ)が露わになっていて、その白く細い様に『女』を感じた。
不意に風が吹き、顔を背けた小娘が此方に気付く。
「――あ」
大久保さん。
名を呼ばれたことに少しばかり驚いて眉根を寄せた。
「小娘……何があった、この間の威勢はどうした?」
「……………」
声を掛ければ、頬が少し赤くなり、困ったように俯く。
…確信した。
こいつは、誘惑の天才だ。しかも無意識。
男が見たい表情(かお)を、隙だらけのまま見せてくるから危うい。
「……ん?黙ってたら解らん。言ってみろ」
「………………お」
大久保さん。
…今度は上目遣いだ。
全くの隙だらけ。
「い、いやみとか言わないでくれますか…?」
…ふん。
私の反応が気になって話せなかったのか。
苛めたくなる衝動に駆られる。
「いいから早く話せ、小娘の分際で私に条件など求めるな。こっちは気紛れで聞いてやると言っているのだ。話す気がないなら私は行くぞ」
そう言って小娘の鼻を摘んだ。
「……わ、わはりまひはっ、はらひへふらはひっ!(わかりましたっ、放してくださいっ!)」
手を放せば、乱れた呼吸を整えるために胸を押さえ深呼吸をする。
落ち着きを取り戻した後、小娘はやっと口を開いた。
「…わたし、武市さんを怒らせちゃって」
追い出されちゃったんです。
…………。
話が粗すぎて事態が全く見えぬ。
「小娘……もっと詳しく説明しろ」
何故、武市くんが小娘に怒ったのか。
その経緯は何だ。
小娘は首を傾げながら、一つひとつ思い出すように紡いだ。
「えっ…と、桂さんに呼ばれてみんなで此処に来て、この奥の座敷で高杉さんと会って…」
それから……。
小娘の表情が変わる。
「…?」
小娘の顔が赤い。
「…高杉さん、が…いきなり…抱きついてきて」
「………ほぅ」
それで頬を紅潮させたわけか。
「そしたら、武市さんが恐い顔になって…高杉さんの胸倉掴んだんです。そこで、やばいなって思って。高杉さんと喧嘩しそうな雰囲気で…」
「…あの武市くんが」
あの男は何時も冷徹で、自ら騒動を引き起こすような性分ではないだろうに。
珍しいこともあるものだ。
「それで、わたし、高杉さんの意識を自分に持たせようって。…これ」
「………何だそれは」
見れば、見たことのない奇妙な小箱をぶら下げている。