*お話

□七歩目の未来
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結婚式を七日後に控えた、ある土曜日。
彼女と2人、買い物に出た。






*七歩目の未来





新居は空座町から電車で3駅程離れたところに決めた。
近くには公園があって、花見が出来そうな桜並木があって、空座町とよく似た河川敷もある。
まぁ、電車で3駅離れているだけだから、似ていたって何の不思議もないけれど。
きっと彼女の新しい散歩コースになるんだろうなと思う。


「あんまり遠くには行きたくないな」


新居を決める時、彼女がポツリと呟いた。


「休みの日には、おじいちゃんと一緒に遊んだり、買い物をしたり出来る距離がいいな」


おじいちゃんとはヒゲのこと。
あいつをそう呼ぶのは、いつか出来る俺達の子供。
決して遠くない未来を思うと、少し照れ臭いけど、でも、素直に嬉しいと思った。
ずっと兄貴と2人きりだった彼女が、やっと出来る家族と離れたくないのは当然で、
彼女は同居でもいいと言ったけれど、それは俺が嫌だったから。
その結果が、電車で3駅。
これが俺の、精一杯の妥協。

彼女の言うところの、ちょっとした遠足気分になれる距離。
ほんの少しの冒険の距離、だそうだ。
あくまでも未来の子供目線の彼女に、思わず笑ってしまった。


「どんな家具がいいかなぁ」


と、長い前置きはさて置き、
隣を歩いていた彼女がふと呟く。今日は新居に置く家具を選びに行く。
彼女が新居に持ってきたいと言ったのは、兄貴と一緒に使っていた箪笥だけだったから。


「でも黒崎くん、本当に良かったの?」
「何が?」
「だって今日・・・」


せっかくのお休みなのに、と申し訳なさそうに俺を見上げる。


「休んでてもいいんだよ?」


この言葉を、昨日から何度も繰り返す。
結婚式後に仕事、なんてことにはしたくなかったから、ここ最近はずっと残業続きだった。
だから今日は久しぶりの休みなのは、確かにそうなんだけど。


「いいんだよ。結婚式のことは全部お前1人に決めさせちまったからな」
「そんなの、気にしなくていいのに」


結婚式は至ってシンプルな、派手なものにはしないと決めていた。式というよりも、お互いの友人を呼んで集まる程度の、本当にシンプルなもの。
俺は仕事が忙しくて、彼女と中々休みが合わず、日取りや会場の何から何まで、全部彼女に任せてしまった。
とうぜん、彼女を飾るウェディングドレスも。


俺の予定に合わせて、ギリギリまで待っていてくれたけど、
緊急手術でどうしても抜けられなくて、結局付き添ったのは妹達。さすがにこれは妹達に怒られた。それでも、彼女は変わらず「おかえり」と言ってくれた。
その時、思ったんだ。
ああ、俺はコイツが本当に好きだなって。


でも、
いくら小さな式と言えども、2人が一緒になる第一歩のこと。
それを彼女1人で決めさせてしまったから。


「せめてこれくらいはさせてくれな」


まぁ、家具だって、結局彼女に任せてしまうのだけれど。
せめて、となりで頷くくらいは出来ると思うから。


そうしてやってきた家具専門店。彼女は嬉しそうに家具を見回っている。
それだけで、ここしばらくの疲れなんて一気に吹き飛ぶ。
プロポーズをしようと決意してから、実行に移るまで、かなりの時間を費やしてしまった。
俺を受け入れてくれるかどうかの不安と、あとは俺の悲しいヘタレな部分のせいだ。
でも、


「黒崎くん!この机でご飯食べたら美味しそうだね!!」


新居探しも、式場の準備も、家具選びも。
彼女に任せ切りで本当に悪いと思う。
でも本当に幸せそうに笑うから、プロポーズして良かったと思う。


「美味しそうって、どんな選び方だよ」
「えー?でも美味しそうだよ?」「そうだな。じゃあ、これにするか?」
「え!?でもこれ高いよ?」
「そんなもん気にすんな。お前の好きなの選べば良いから」

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