*過去拍手話A
□たとえば私が。
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*たとえば私が。
「ねぇ、黒崎くん」
「ん?」
「たとえば、あたしが本物の織姫になったらどうする?」
「は?」
本物の織姫って・・・。
アナタは正真正銘の井上織姫ではないのでしょうか?
そう思って参考書から顔を上げると、当の本人は俺の話しかけたにもかかわらず、見ているのは窓の外。
そこにあるのは受験勉強の息抜きと称して飾った笹飾り、その向こうに見えるのは七夕の日の夜空・・。
あ、もしかして「本物の織姫」ってのは七夕の織姫のことか?
「あたしが怠けて、黒崎くんにはなかなか会えない遠くに行かなくちゃいけなくなったらどうする?」
「井上が怠けるって、想像つかねぇなぁ。迷子になって会えなくなるならわかるけど」
「あ、ひどい」
「実際、こないだ迷子になりかけたのはどこの誰だっけ?」
「う・・。じゃ、じゃあもっとリアリティを追求して、2人ともこのまま受験勉強を怠けて第2志望の大学になって離れちゃったら・・・」
「うぉーい、それはリアルすぎて恐いからやめろ」
そもそもなんの話だっけ?
井上が「織姫」みたいに遠くにいったらどうするか?
そんなの決まってる。
俺はまだお前のことを七夕の「織姫」ように名前では呼べないから、彦星には程遠いけど。
俺は物語の彦星みたいに年に一回を待てるような心は持ち合わせてねぇから。
「お前がどこに行こうと迷子になろうと、俺が絶対見つけて連れ戻してやるよ」
*
「ねぇ、黒崎くん?」
「ん?」
「たとえばあたしが、織姫みたいにいなくなったらどうする?」
「そりゃ困るな」
「どうして?」
「今、お前がいなくなったら、俺は確実に結婚式当日に花嫁に逃げられた男として一生笑われる」
「あはは」
それに、ウェディングドレスで逃げ出したらすぐに見つかるぞ?なんて言って笑う黒崎くんの顔は、すっかり大人の男の人の顔。
こんなあたしの突拍子もない言葉に、「そうだなぁ」って細長い指を顎にかけて真剣に考え込んでくれる優しさは相変わらず。
「俺の性格的にはさ、すぐにでも探しに行って連れ戻しちまうんだろうけど・・・。でも、それじゃあ解決策にならねぇだろ?」
「・・・・・・」
「だったらどんなに時間がかかろうと大変だろうと、天帝を納得させる術を探して、確実に俺の元に連れ戻す」
「・・・・・・」
「そのためなら、俺はどんなことをでもする」
強い目も、不屈の心も、あの頃と変わらない。
でも、こうやって時々不意打ちみたいに甘い言葉くれるようになったのは、ちょっと変わったかな。
「一護、織姫ー!主役がどこ行ってんの!!写真撮ろうよ!」
「やべ、見つかった。じゃあ、行くか?織姫」
「・・・うん!」
あたしも「織姫」だけど、これからは大好きな人とずっと一緒。
*
「さ〜さ〜の〜は〜さ〜らさら〜♪」
夕暮れ時の我が家のベランダに見える、小さな背中が3つ。
自分の背丈よりも高い笹に、背伸びをしながら一生懸命飾りをつけるその姿は日頃の疲れも一瞬にして癒してくれる。
そして俺の隣にいる存在によってその癒しは倍増中だ。
「ねぇ、一護くん」
「ん?」
「たとえば、あたしが織姫みたいにどこかに行っちゃったらどうする?」
「・・・・なんかお前、その質問何年かおきに定期的にしてねぇか?」
「え?そうかな?」
過去に何回聞かれたとか、自分が何て答えたかなんて覚えてねぇけど、真っ先に出てくる答えは1つ。
「織姫」
「は〜い」
「言っとくけど・・・・お前は一生俺が護るから、どこにも行かせる気も手放す気もねぇから」
その相手がたとえ天帝であろうと、神であろうと、死神であろうと、俺の気持ちは変わらねぇ。
付き合いだした頃なら、きっと照れて言ってくれない言葉をさらっと言ってのける一護くん。
でも、そのあとすぐ誤魔化すみたいにあたしの頭を撫でる仕草は変わらないなぁ、なんて。
子どもたちに呼ばれて飾りを手伝いに行く背中を見ながら考える。
「ねぇ、一護くん。覚えてるかな?」
あたしが、同じことを聞く度、一護くんはいつも真剣に考えてくれて、それぞれ言葉は違ったけどいつだってあたしを護るって言ってくれた。
きっと一護くんにとっては当たり前な答えすぎて、忘れてるかな?
でも、あたしにとっては当たり前の特別だから、きっとこれからも聞いちゃうかな。
きっとその時はまた、呆れながらも答えてくれる。
「母ちゃん」
「かーちゃん、飾りつけおわったよ!あとはたんざく!」
「母ちゃんも一緒につけようよ」
そんなあなたの優しさに甘える、ダメな「織姫」だけど。
「ほら、織姫」
「うん!」
これから先、ずっと、ずっと。
あなたの隣にいさせてください。
*2014.07.07
答えはいつだって、たった1つ。