*過去拍手話A
□OVER DRIVE〜有言実行、WD〜
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【好きな色は?】──────「黒とオレンジ!」
【好きな食べ物は?】────「イチゴ!」
聞かれれば直ぐに出てくる、大好きなあの人を連想させる言葉。
【好きな人は?】──────「・・・・・・・・」
でも・・・。
「・・・・く、黒崎くん・・」
今でも、名前を呼ぶだけで、こんなにもドキドキしてしまう。
それくらい大好きで、それくらい大切な人。
*OVER DRIVE〜有言実行、WD〜
3月14日、朝7時。
「おはよう!」
昔から変わらない、あたしの朝の日課。
変わったのは、その相手が2人になったってこと。
数年前に増えた、もう1つの日課。
携帯を開いて、大好きな人からの短いメールを見ること。
「夜寝るときにはメールしてくれねぇ?俺は、あんまり返せねぇかもだけどさ・・・」って。
この町の安全を守るために働くことが決まったときの、大好きな人からのお願い。
「あんまり返せねぇかも」って言いながら、どんなに短くても絶対に返信をしてくれるのも。
あたしを起こさないように、少し時間が経ってから返信をくれるのも。
どっちも、優しいあの人らしいこと。
そして、つい最近増えたもう1つの日課。
「・・・・・えへへっ」
自分の左手薬指にきらきら輝く指輪を、1人にやけながら磨くこと。
「安物だから、そんな大事にしなくていいって」なんて、指輪を磨くあたしを見て、あの人は照れくさそうに言うけど。
あたしにとっては何よりも大切なもの。
「・・・ふふっ」
ゴシゴシと指輪を擦りながら、1人でにやにやと笑っているあたしは、それはそれは怪しいんだろうけど。
それでもあたしの心に収まらない幸せは、こうしてにやにやと溢れ出てしまう。
あたしを「アメヒメさん」なんて、可愛い名前をつけてくれたあの子達がそっと教えてくれた。
『アメヒメさん。クロワリさんね?その指輪、かなり悩んで買ってたよ』
『指輪を用意することになったのは本当に急遽だったからさ、本当にお手頃価格だったみたいだけど、すっごい真剣に選んでたよ』
『だから、大事にしてやってね』
なんて、まるでお父さんや昔からの友達みたな言い方で話すから思わず笑ってしまったあたしを、あの子達は不思議そうな顔で見てたなぁ。
黒崎くんはこの子たちのことを、「悪ガキ」とか「俺をからかって遊んでるだけ」なんて言うけど、きっとこの子たちは黒崎くんのことが大好きなんだと思うんだ。
だって、黒崎くんと話すときのこの子たちはとっても楽しそうでとっても嬉しそうな顔をしてるから。
それに、あたしと会ったときには必ず黒崎くんのことを報告してくれる。
学生時代は、友達としてみんなから好かれてたのは近くで見て知っている。
可愛い妹さんからは、お兄ちゃんとして。
死神さんたちからは仲間として。
そして、今はクロワリさんとしても、彼はたくさんの人から好かれているみたいです。
そんな黒崎くんの話を人伝に聞く度にあたしまで幸せな気持ちになる。
黒崎くんと一緒にいられる時間はあたしにとって何よりも幸せな時間だけど、
こうして一緒にいないときまであたしを幸せにしてくれる黒崎くんは、やっぱり素敵な人だと思う。
そんな黒崎くんの一番近くにいられて、もうすぐ新しい関係になれるあたしは本当に本当に幸せ者。
でも時々、本当に時々、そんな素敵な黒崎くんの相手が本当にあたしでいいのかななんて思っちゃうときもあったりするんだけど・・・。
黒崎くんは昔に比べてちゃんも気持ちを伝えてくれるし、いつだってあたしを大切にしてくれてるのに。
家族になれる喜びとは裏腹に、1人の時に無性に不安になることがあるんだよね・・。
「ダメダメ、暗いよあたしっ!そうだっ、今日の朝ご飯はあんこサンドにしよっと!」
暗い気分の時には、美味しいものを食べるのが一番っ!
よし、今日はいざという時のためにとっておいたとっておきの超高級あんこを使っちゃおうっ。
「えへへ、美味しそう・・・」
大好きなあんこを見ただけで、さっきまでの暗かった気分が少し晴れた気がするあたしは、なんて単純なんだろう。
まだ作ってる最中だけど、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ味見を・・・。
ピンポ〜ン
「・・・・・・」
うう、今日は朝からついてないっすね・・。
あんこを掬おうとした手を渋々引っ込めて、玄関へと向かう。
こんな朝に誰だろう?
「は〜い、今開けま・・・す・・」
「・・・こら、お前また相手確認せずに開けたろ」
「・・・へ?」
「何化け物でも見た顔してんだよ」
「・・・・」
だって・・・、目の前にいるのは今の今まで考えていた人で。
今日は夜勤のはずで、ほんの30分前までは働いていたはず・・・メールだって来てたし・・・。
そんなことをぼんやりと、回らない頭で考えていたら、
目の前の黒崎くんの顔がだんだん近付いてきて・・・。
「く、黒崎くん?」
「・・・・・・・」
ポスンと、あたしの肩に乗るオレンジ色。
とりあえず、「お疲れ様」の意味を込めて黒崎くんの頭を撫でてみると、
肩に顔を埋めているせいで籠もる声が「井上」と呼ぶ。
「どうしたの?」
「・・・・・」
「黒崎くん?」
「・・・間に合った、よな?」
「へ?」
思わずマヌケな声が出てしまうけど・・間に合ったって、何のことだろう?
そんなあたしを察したのか、
黒崎くんが少しだけ顔上げて上目遣いであたしを見ると、顔を赤くしてまた顔を伏せてしまった。
どうしたんだろう?
「間に合ったって、何が?」
「・・・ホワイトデー・・」
「え?」
「・・・俺、ちゃんと一番乗り?」
黒崎くんのその言葉に、先月のバレンタインデーのことを思い出した。
子どもみたいなわがままを言って、みっともなく泣いたあたしに、黒崎くんが言ってくれたこと。
『バレンタインは一番じゃなかったけど、代わりにホワイトデーは、俺が一番に渡すから』
「あ・・・」
「え、もしかしてもう誰かからもらったか・・?」
「え!?ううん、まだ・・・っていうか、今日会った人も黒崎くんが最初だよ?」
「そっか、良かった・・・」
そう言ってあたしにもってた紙袋を握らせると、
そっか・・。
働いて、夜勤明け、疲れてるはずなのに。
バレンタインのあたしのわがままに応えるために、黒崎くんは来てくれたんだね。
あたし、愛されてるって、
黒崎くんの隣にいてもいいんだって、
自惚れてもいいのかな?
ああ、あんこのつまみ食いを我慢して良かった。
なんて思いながら、
黒崎くんの大きな背中に手を伸ばして思いっきり抱きついた。
*2014.03.15
「今のって、クロワリさんだよな?」
「あのオレンジ色はクロワリさんしかいないよね」
「玄関の扉開いてるからばっちり見えてんだけど」
「それすら気付いてないってことは、多分クロワリさん夜勤明けだな」
「ま、アメヒメさんが幸せそうだから今日は見逃してあげるか」
「その分はクロワリさんに倍返しということで」
「クロワリさんの慌てっぷりが楽しみだなぁ」