†【近藤+etc】
□俺だけの背中
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夏の日差しが降り注ぐ、穏やかな昼下がり。
市中見回りを終えて、欠伸をしながら庭先に面した廊下を歩いていると、大きな背中を丸めて足の爪を切っていた近藤が気配に振り向く。
『おう総悟、今戻ったのか?お疲れさん』
やんわりと穏やかな笑みを浮かべる近藤に、沖田は無意識に口元を弛ませた。
側まできて、隣に並んで腰を落とす。
少しこちらに背を向けている近藤の、パチン、パチンと爪を切る音が響いてくる。
『さっきトシが、すげぇ剣幕でお前のこと探してたぞ』
『そうですかィ』
『またイタズラしたんだろ?トシの頭、なんかえらい爆発してたぞ』
市中見回り前に仕掛けておいた、ほんの悪戯。
土方の怒りに燃える形相が容易に想像出来て、沖田は心の中で『ざまぁみろ』と笑った。
『トシも色々忙しいんだから、あんまりイジメんなよ?』
そうは言いながら、どこかのんびりとした口調で、近藤もそれ以上咎める気はないらしい。
子供の遊び程度に見ているのだろう。
沖田は『へいへい』と言いながら、近藤の背中にポスン、と身体を預けた。
背中合わせに触れる近藤の背中は大きくて、居心地がいい。
パチン、パチン、と爪を切る度に響く振動を感じながら沖田は目を瞑った。
『なんかこうしてると、昔を思い出すよ。よく俺が縁側で爪切ってると、お前いっつもそうやって背中にくっついてきてな』
懐かしさに近藤が笑みを溢す。
『その内お前寝ちまうもんだから、俺動くに動けなくてな』
軽快な笑い声が背中越しに響いてきた。
優しく穏やかな笑い声。
隊服に身を包んでからもそれは、武州の頃となんら変わらない笑い声。
あの頃、毎日近藤の後ろを小さい身体でひょこひょこ追いかけていた。縁側で姿を見つける度、こうしてこの人の広い背中に凭れて眠るのがなにより好きだった。
この人だから、素直に甘えることが出来た。
けれど、土方が現れてから、いつだって近藤の側に居るのはあいつ。
同じ視線でものを見、手加減なしに剣を交え、対等に話の出来るあいつが羨ましかった。
だけど、土方にも出来ないことはある。
こうしてこの人の背中を占領出来るのは、自分だけなのだ。
ガキ扱いならガキ扱いで構いやしない。ガキだからこその特権てものもある。
『…俺だけの背中でィ』
『ん、なんか言ったか?』
近藤の声には答えず、沖田は暖かい背中に凭れながら、微睡み始めていた。
(完)