MYSTERYS 〜Chaos Chronicle〜

□混沌の現
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 一週間後、岐阜県のローカル線の無人駅前で待つ探貞の元に一台のトヨタ・ハイエースが停車した。

「迷探貞さんですか?」

 助手席側の窓が開き、運転席から同世代の若い青年が声をかけてきた。
 探貞はハイエースに近づく。

「犬山さんですか?」
「はい。叔父がお世話になっています。犬山康介です」

 狂犬の張と云われていた張介とは、あまり似ていない。探貞と大して変わらない中肉中背の普通の大学生で、顔も別段似ていない。
 その為、ワンテンポ遅れて探貞も挨拶を返した。

「よろしくお願いいたします。張さんのイメージで待っていたもので」
「あぁ、似てませんか? まぁ、そうかもしれませんね。助手席、どうぞ。荷物は、それだけですか?」

 康介が探貞の荷物を見て確認した。
 探貞の荷物は極めて軽装だ。数日から一週間の滞在となる旅行の荷物としては、着替えが数着入れているだけのドラムバック一つの荷物は少ない印象を持ってもしかたがない。着替えは元々洗濯して着回すつもりである。その他の荷物は、携帯電話とその充電器、財布くらいだ。
 探貞は頷き、後部座席にドラムバックを置くと、助手席に乗った。
 車は走り出した。車中はあまり多くの会話を交わすことはなかったが、大学生同士である為、自己紹介としては十分に会話が弾んだ。
 康介は都内の大学に通い、実家も都内にあるらしい。昭文町も行ったことはなかったが、知っていた。専攻は医学で医師になる道に進んでいるらしいが、あまり多くは語らなかった。探貞も張介から事前情報を甥以外に聞いていなかったので、本人が話したがらない以上、深くは聞かなかった。
 そうこうしている内に、車は県道から外れ、森の中を進む一本道に入った。次第に標高が上がり、雪が目につくようになった。途中拓けた地域を抜けたが、人の暮らす民家らしき建物が二軒見えただけで、後は朽ちた既に人がすまなくなって長い時を経た廃屋が数軒道沿いに見えただけであった。

「山の反対側は温泉地で、もう少し栄えているみたいなんですけど、こっちはただの山奥の限界集落ですね。一応、ペンションの売りとして反対側から購入している温泉を引いているみたいですけど、井戸も汲み上げているみたいで、普段は井戸水を使っているみたいです」
「そうですか。犬山さんは何度か来たことがあるんですか?」
「康介でいいですよ。俺のが後輩ですから。来たことは多分ありません。五日前に叔父を遠くの病院へ送ってからずっと住み込んでいます。とりあえず、ある程度のことはわかるようになりました」

 車は間もなく谷の祠の前を過ぎ、山の中の一本道の末端まで登りながら進むと、ペンションに到着した。周囲は深くないものの、雪が積もり、一面の木々や地面が真っ白に覆っている。ペンションの周囲だけが雪かきと車の出入りや足跡で黒く地面をむき出しにしている。
 ペンションの前の駐車場に停まったハイエースから降り、探貞は康介の案内で中に入った。
 ペンションは二階建てで、一階はロビーと食堂、オーナー室、浴室、トイレ、倉庫があり、二階は全て客室で、九部屋だ。
 一階は、玄関から入って、ロビーがあり、玄関の正面に階段がある。階段はくの字に折れ、階段の下にはオーナー室と繋がる受付がある。玄関の隣に、食堂があり、ロビーから入る。食堂はベランダもあり、ベランダから玄関の真横に突き出ている。食堂は、厨房に接している。厨房は、廊下と食堂から出入り出来る。厨房の隣は、倉庫。倉庫の横は女子トイレ、そして女湯となっている。女湯の向かいには、男湯がある。男湯の隣に男子トイレがあり、その隣はオーナー室となっている。そして、男女湯の間、廊下の突き当たりは、非常口である。
 二階は、ロビーの上は吹き抜けになっていて、階段と廊下が延び、食堂の上には、突き当たりと横の二部屋、階段の向こう側には、突き当たりの二部屋を含み六部屋。階段側には、三部屋ある。廊下の奥、突き当たりの部屋の反対には、半畳程の納戸がある。部屋は、突き当たりから、1号室、2号室、3号室………と反時計回りに9号室まである。1号室が正方形だが南向きで、2号室がくの字に曲がっているかわりに窓が南と東の二面にあり、残り七部屋は長方形の同じ間取りとなっている。それぞれ、一人用としては広めの洋室10畳間で、皆ベッド、テレビ、テーブル、机、金庫、イス、流しが一つずつあった。
 荷物をオーナー室に置き、康介と部屋、物の配置、使い方などを教わり、張介の用意したマニュアルを確認する。簡素な手引きであったが、注意しないといけないこと、手順などのポイントが簡潔に纏められた手書きのマニュアルで、図も描かれており、分かりやすいものであった。
 探貞はその後、荷物整理をしてから康介と共に昼食を簡単に済ませた。
 オーナー室は決して広いものではないが、康介が使うベッドと探貞用の予備の布団をひいても荷物を置くスペースと、書類作業や食事をとるスペースは確保できた。
 厨房も張介は料理が売りではないと言っていたが、店主一人の営む居酒屋程度の調理スペースが十分に確保されており、業務用の冷蔵庫、冷凍庫、オーブン、ガス台も備わっていた。複数品の仕込みをしながら、調理も現実的に可能だ。元々張介一人の営むペンションなので、大人二人が入ると歩くには狭いが細長いので、分担すれば十分に入れる。
 食後、康介と手分けしてベッドメイクや部屋の最終的な手入れをすると、あっという間に時間は過ぎ、夕空となった。
 そして、玄関の呼び鈴がならされた。
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