MYSTERYS 〜Chaos Chronicle〜

□混沌の現
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 法要が終わり、一同で昼食となった。
 伝は法要が終わると同時に東京へ帰った。

「伝説から聞いたぞ。探偵事務所の誘いを断ったんだってな?」
「………」

 刺身をつつく探貞の隣に腰を下ろしながら痩せた白髪の老人が話しかけてきた。
 彼の名は犬山張介。かつて父圭二が捜査一課に属していた頃に組んでいた先輩刑事で、狂犬の張さんと恐れられていた鬼刑事と探貞は伝え聞いていた。ちなみに、伝説とは伝の刑事時代の仇名だ。
 探貞は何も答えず、彼の片手に持つ空のお猪口に酒を注ぐ。

「ん、すまない。で、どうしてだ? 俺もお前さんの才能は探偵に合ってると思うがね」
「……」

 やはり探貞は無言で酒を口に運ぶ。
 しかし、彼は尚も問いかける。

「まだ決心できねぇってとこらか? まぁ仕方ねぇ話だな。だけど、もうすぐお前さんも卒業だろ? 仕事はどうするんだ?」
「まだ考え中です。とりあえず、何かアルバイトでもして繋ごうかと思います」

 探貞はやっと口を開いた。それを聞いて張介は嘆息する。

「フリーターって奴か。お前さんならそいつの危うさがわかってると思ってたんだがな」
「わかってますよ。非正規雇用はそのうち多くの雇用を生む代わりに、一度何かがあれば全国規模の失業を生むと思います。そして、保障もほとんどない」
「俺よりもわかってるじゃねぇか。じゃぁ、なんで目の前のチャンスを掴まない? 伝説は紛れもない本物の名探偵だ。そこいらの探偵とは違うぞ?」
「それは僕が探偵になるかならないかには大した関係のないことです」
「つまり、根本的な問題はお前さんの探偵になる決心がつくかつかないか、ってことか。……名探偵の、親父の事件が尾を引いてるのか?」
「そうかもしれませんね。僕はあの時何もしなかった。そして今も。それが答えです」

 探貞は張介に淡々とした口調で語った。
 彼は父の死ぬ日を知っていた。当時高校生であった彼は、仲間達と共にその死の運命に抗った。
 しかし、どんなに抗ったところで、運命は変わらず、父の遺体の前に立った時、彼にあったのは失意と絶望だった。
 仲間達との交流も減り、そして父の死の真相を調べるチャンスがありながらも、彼はなにもせずに故郷から静岡へと移った。

「……違うな。きっかけじゃなかった。それだけだろ? お前さんは冷静だったんだよ、昔も今も。名探偵の死はただの事件でも、ましては事故でもねぇと俺は今も思ってる。その裏にはきっととんでもない何かがあるってな。すぐに頭に血が上る奴は、そんなことを判断せずに首を突っ込み、恐らく自滅か破滅する。むしろ、お前さんの選択は探偵に向いてることを示唆してる気がするぜ?」
「解釈は自由です。でも、結論からみれば、僕は何もしていない。それだけなんですよ?」
「……よし」

 張介は何かを決断した様子で、酒を一気に仰ぎ、腰を直すと探貞の前に手をついた。

「お前さんに依頼をする! 本当は今日伝説に依頼をした話だったんだが、お前さんに依頼をしよう。不確定要素が多いんで、あいつも難色を示していたからちょうどいい。今、俺は定年退職してから実家でペンションを経営しているんだが、来週ある団体客が宿泊する。その時、何かが起こるかもしれないんだ。お前さんには、その阻止、もしくは事が起こった際に対処してもらいたい」
「何かって、何ですか?」
「ある芸能人なのだが、最近陰湿なストーカー被害を受けているらしいんだ。そんな中、来週のペンションでの撮影で人が死ぬ、それが嫌なら撮影をやめろといった内容の脅迫状が届いたらしい」
「確かにその内容は、完全に脅迫じゃないですか。しかし、それで本当に誰かが死ぬかは……」
「だから、警察は防犯以上に対応をしていない。むしろ、脅迫状があった分、腰を上げている方だ。とはいえ、似た類のものも多く警察じゃ限界があるの実状だ。だから、それにちょっと俺が対処できない訳があって、伝説に依頼することにしたんだ」
「その依頼を僕に?」
「あぁ、実際何も起こらない可能性のが高い。それにちょっとした訳というのがな」

 張介は一度言葉を切った。
 探貞が怪訝な表情をすると、チラリとその顔を確認して彼は続きを言った。

「癌なんだ」
「え?」
「まぁ、この歳だ。癌にもなるさ。ただ、ちっとばかり厄介な癌らしくてな、ちょちょいと切るって訳にもいかないらしいんだ。それでその手術と治療のできる医者の都合と俺の癌の状態で、丁度来週に手術をしないといけなくなったんだ。実は明後日から入院でな」
「えぇっ!」

 張介はあっけらかんと言うものの、それはかなり大事だということは探貞もわかる。しかも、現在彼は目の前で酒を飲んでいる。
 色々な意味で探貞に不安が過る。

「まぁ死ぬ気はない。酒もこの場限りだ。それで撮影も別のペンションを借りるか、延期できないかと頼んだんだが、先方は結構大金が動く仕事みたいで、今更変更できないらしい。ペンションもその地区には、俺のところしか無いから無理もない。代わりのスタッフを雇って、料理が出前とかでも構わないからやってほしいと言われてな。飯くらいは撮さなかったり、外食するシーンでどうにかなるらしい。まぁ、料理が売りではないから、別にバイトに作らせたのを撮しても構わないんだけどな」
「それでもいくらなんでも、僕にペンションを営むなんて無理ですよ」
「あぁ。勿論、それはスタッフのバイトを雇った。といっても、俺の甥っ子で、お前さんの一つ下なんだがな。とりあえず、簡単なマニュアルを用意しているし、客側も破格の安さで泊まらせる代わりに素泊まりのつもりで、素人接客の粗相には目を瞑ってもらうことを先方にも約束させている。まぁ、ペンションの方はそういう感じでお前さんが心配するようなことはない。精々掃除だけやっててくれれば、後は撮影の様子を見ていて構わない。代わりに、事件が起こらないように、そして事件が起きたときには、ちゃんと対応してほしい」
「それなら随分気楽ですけど、事件が起きたときにって……」
「さっきも言ったが、そうそう事件なんて起こらねぇよ。だけど、何も起こらなくても、探貞。お前さんのきっかけとやらにはなるんじゃねぇか? どうするかは、この依頼を終えてから決めても遅くはないと思うぜ?」
「はぁ。わかりました。それで、そのペンションはどこなんですか?」

 探貞の問いかけに張介はニヤリと笑った。

「岐阜だ」
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