06/24の日記
22:08
あの頃レディ・レインと(C/D)
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※(新刊はこんな感じの仄暗い都市伝説がらみのホラー話が詰まった本になりました。よろしくです)
あの頃。
聞かれる事のない留守電に、さも楽しい日々を送っているんだという空虚なメッセージを延々と入れていた。
元気にしてるか、今何してた?俺は今日めちゃくちゃデカいバーガーを食った、可愛い女の子と出会った、そんな事を毎日、電話の向こうに尋ねては、いつかこの電話が鳴るんだと信じてた。
その為には俺はいつだって元気で短気な兄貴でいなけりゃならなかったし、そう見せかけるのは呼吸するのと同じくらいうまくなってた。
ちょうど、親父は大がかりな狩りに取りかかってた時だったかな、六月の今頃。
親父が何日も帰ってこない日が続いてた。天気の悪い日の親父の不在は、俺の気を容易く塞がせた。誰もいない部屋にいると気が狂いそうで、外に出ては飲み歩いたりして夜を越した。
その日も、バーで酒を飲もうとして、でも誰にも話しかけられたくなくて、店の軒先で座りこんで飲んでいた。ポケットから電話を取り出して、お決まりの定期連絡を殊更明るい感じを装い、吹き込んだ。
「頼むから応答してくれよ。今なら何だってしてやる。何でもするから声を聞かせてくれよ」
最後にとうとう、そう口にしたが、返事は絶対にないことをもう知っているから、背を丸めてうずくまった。
「ハロー、ハロー。応答せよ」
唐突に、その声は隣から聞こえてきた。横を見たら、クロエ・モレッツみたいな大学生くらいの女の子が俺を見ていた。
「何でもしてくれるの?じゃあ、雨がやむまで話し相手になってくれる?」
イタズラっぽい目でそう言う彼女は、雨の中を走ってきたのか、着ている服が濡れていた。濡れそぼる髪ごしに、彼女は笑った。
その日から、俺の雨の日の夜が変わった。
俺と彼女は夜毎、バーの軒先にしゃがみこんで話をした。他愛ない話だ。映画や物語の話をする彼女に、俺は音楽と車の話を返した。
お互い、暗黙のうちに一定以上の距離を置いて、あまりプライバシーに触れるような事は避けながら。
年頃の女の子がびしょ濡れで一人、こんなとこで何をしてるのか、家族はいるのか、家はあるのか、そういった事を聞けば、彼女は次から来ないだろう。そういう実感があった。
だから、俺は彼女を「レディ・レイン」と呼んだ。俺がインパラ以外を「レディ」って呼ぶのがそんなに珍しいか?まあ、話をするのに面倒だったからな…おかげで俺は「Mr.レインマン」って呼ばれたが。
彼女は、俺がどんなバカな話をしても笑ってくれたし、イキがってみせると、お見通しだって目で俺をじっと見るんだ。俺が黙ると、一緒に雨の降る世界を黙って隣で見てた。
「このまま、一緒にどこか行っちまうか」
ある日、そう言った事がある。
正確には「サムのとこまで行っちまうか」って。いや、サムに会いに行かなくてもいい。迷惑だってのは分かってたから。ただ、少し近くで、ちょっとその姿が見れれば、元気な姿を一目見れたならいいなって思ったんだ。
彼女さえ背中を押してくれれば、その決心が、親父をおいていく踏ん切りが、つきそうだった。それくらいぎりぎりのふちに俺は立っていて、拠り所がなかったんだ。
レディ・レインは、ぴたりと黙って暗い光を奥に滲ませた目で俺を見た。
「……それ、本気で言っているの?」
灰色の空の下、雨は止まず、ただ水滴が地面を打つ音だけがしていた。彼女はしばらく無言でいた後、
「……いい?私が連れて行っても」
そんな事を言った。俺を…いや、俺っていうか、俺の後ろ、どこか遠くを見て。
しばらく、がらんどうで空虚な顔をして眺めてきたが、ふいに、こう言った。
「……多分、許してくれないと思うよ」
その時の泣き笑いみたいな表情は、今でも忘れられない。
この会話の後の雨の日。親父の狩りが一段落して、街を移動するってなって、最後に会いに行った。
……本当は。もう一度、あと一度だけ、彼女に同じ問いかけをしてみようって思ったんだ。親父が許さなくても、彼女が一緒に行こうって言えば、行っちまおうって、思ってた。
だけど、彼女は来なかった。
親父に怒られるのを覚悟して、一晩そこで待っていた。
朝になり、ぼんやりと横を見た。
そこには、
一輪の花がさしてある空き瓶と、花束が置いてあった。雨はあがっていた。
それが、彼女からの別れの挨拶だった。
*
ディーンの話をそこまで聞いて、キャスは彼の肩に手を置いた。雨の日はどうもあの頃を思い出すんだと黙って酒を飲む彼の横顔を見ながら、
ああ、あの雨の夜が、そのように彼の中で美しい思い出として残っているのなら良かった、と思った。
そうして、
「彼女が今幸せにしてるといいんだけど」
何も知らず苦笑いするディーンに、
「そうだな」
ほんの少しだけ、薄暗く、笑った。
※彼は知らない。許さなかったのは誰で、置かれた花には何の意味があったのか。
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