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□比翼恋理のマイハニー~集団幻覚対象Nの並行世界No.61における記録~(サンプル)
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プロローグ

 このところ、夜ごと同じような夢を繰り返し見ている。


 同じような、と言うには語弊があるかもしれない。同じなのは、一人の男が出てくる事だ。自分は、着た事もない古びたトレンチコートをいつも羽織っている。不思議とそれはよく体に馴染んでいる気がした。そのコートを羽織り、自分は佇んでいる。

ある時は、朝日ののぼる丘の上、黒い車のボンネットに腰かけながら、またある時は墓場の中で地面の土を掘り返しながら、そしてある時は、どこかの湖の桟橋で。必ず自分は「彼」の傍らにいた。

「キャス」

 なぜか、いつだって「彼」は自分をそう呼んだ。自分の名前ではない。しかし、何故か異様にしっくりきて、夢の中の自分はその呼び声に背くことなく顔を向けた。

その声は時に甘く、時に厳しく、割と多い頻度で怒鳴り、稀に甘えるように自分を呼ぶ。

 風にそよぐダークブロンドの短髪、広い背で振り返る「彼」は、神々が鑿で手ずから削ってカタチを整え、掘り起こしたかのような、世にも美しい相貌をしている。

着古したジャケットを適当に羽織っただけでも、モデルのように見える肢体。一目見れば誰もが振り返り、忘れられなくなるような、それはそれは美しい生きものであった。

夢の視界は明瞭で、世界には色がついていたが、彼が「キャス」とその舌に音を転がし、自分を見やる時、一層世界は輝いて見えた。日ごと、現れる「彼」が誰であるのか、全く判らなかった。現実では会った覚えなどない。会っていたならば脳が否でも覚えているはずだ。鮮烈な程に美しい人だから。夢の中だけでも、その傍らに自分がいるのがたまらなく誇らしかった。

だから目が覚める時は大抵、泣いていた。

今、目前に「彼」がいない意味が分からなくて。己の世界に「彼」がいない事が悍ましい程のバグに感じた。それでも渋々と身を起こす。朝がやってくる限り、起きて会社に行かなければ。生きる為には金が必要だ。いくら夢の内容が気になっても、夢が自分を食わせてくれるわけではないのだ。

「まあ、こんなに夢に出てくるんだから、い
つかは会える、かもしれないよね」

 広いペントハウスの窓から外を眺めつつ、ノヴァックは背伸びをした。
 
ジミー・ノヴァックは、生来の楽天家であった
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