SPN

□I see the light(S/D)
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トイレで何とか身を鎮めて足早に戻る頃、人々はランタンに固形燃料を取り付け始めた。準備を促すアナウンスが流れたらしい。

「お前、トイレ長すぎ。始まっちまうかと思ったぞ」

ディーンも広げたランタンに燃料を取り付けていた。誰のせいで、と言いかけるサムだったが、そもそも仕掛けたのは自分なので、ぐっと言葉を飲みこんだ。兄はランタンに何を書いたのだろう。作業中の側面へ顔を向けようとしたら、すかさず手で遮られた。

「見んな」
「はいはい、わかったよ」

その腰を掴み、また自分の足の間に座らせて、ランタンを持つ手を支えてやる。会場に点灯開始のアナウンスが流れ、サムは、そっと後ろからランタンへ火を灯した。広い砂漠には夜闇の天蓋が降りている。人々は静寂の中、その瞬間を今か今かと待っていた。それまで砂漠を照らしていたライトや人工的な照明の一切が消えた。深く、濃い藍色の空の下、ぽつり、ぽつりと人の手の中でほのかな灯りが生まれ始め、小さなそれは見る間にその数を増やしていった。サムは、柔らかなオレンジ色をしたの灯りに照らされて微笑むディーンの横顔を、うっとりと眺めた。これだけ数ある灯りの中でも一際輝くサムだけのともしび。何年経っても色あせる事のない彼は振り向き、微笑む。

「ほら、一緒に」

砂漠に広がるカウントダウンの声。それに合わせて、重なった手はゆっくりと上へかざされ、ぽん、と優しくランタンを押し上げ放つ。数百、数万のランタンが、一斉に空へと立ちのぼった。夜風に乗って浮き上がり、世界が沢山の橙色に照らされ、輝いた。ぼんやりと浮かび上がる砂漠の上空で、数多の灯りは風に揺れ、瞬いた。くるりくるりと、回転するランタン達。まるで妖精がダンスを踊っているような彩りだ。その幻想的な美しさが人々を静かに高揚させる。穏やかな歓声と感嘆の溜息が砂漠へ落ち、皆、熱に浮かされたように、ただ一心に空を仰いだ。空へ祈りを向けているような人々のシルエットすら、ランタンの照り返しで神秘的に見え、どこか神聖さすら感じさせた。

二人も、空へ吸いこまれていく自分たちのランタンを目で追っていた。他のどのランタンより煌々と輝いて見えて、そのことが二人の心を暖かくさせるのだった。ふいに風向きが変わり、ランタンがくるりと側面を見せた。

「あっ」

ディーンが気づいて立ち上がるよりも早く、サムはそこにある文字を見て、

「ああ、ディーン!」

後ろから中腰の身体を羽交い締めにして強く抱きしめた。

「ぐえっ」
「あんたって人はもう……どうして時々、ものすっごく可愛くなるんだ!?」

愛おしいつむじに、ぐりぐりと鼻を押しつけ、サムは呻いた。

「おい! 見たのか!? 見んなって言っただろ、このばか!」

ディーンは締めつけてくる腕をほどけずに、じたばたした。

「なんだよ、『サムとずっと一緒にいられますように』って……ティーンの女の子か? くそっ、可愛すぎるよ!」

サムは小刻みに震えて悶えている。

「何で見た! ばか! わざわざ声に出しやがって、んがあああ」

しばらくじたばたしたディーンだったが、サムが離す気がないと思い知った数分後、長い足を蹴りつけながら身体から力を抜いた。

「ばかにしやがって」
「そうじゃないよ。やっぱり、ランタン、あの子にあげてよかったなって思ったんだ」

ディーンの肩口に顔を埋め、サムが言う。

「僕も同じような事を願うつもりだったからさ」

ディーンは驚いた顔で振り返り、サムが言った事が本当かどうか、少し探る目で見た後、

「ふん、じゃあ当選確率が二倍になったかもしれないのに」
「そんな、くじじゃないんだから」
「……世界平和とか願わない兄に幻滅したんじゃないか?」

「平和を」と書かれたランタンにぶつかり、くるくる回っている自分達のランタンを見上げながらぼやいた。

「ディーン、白状すると僕はね、結局のところ、あんたが僕の隣にいてくれさえすれば、世界が地獄だって構いやしないんだ。そういう、ひどい弟だったんだよ。十年以上たって自分でもやっとその事に気づいたよ。僕のこと、幻滅しただろ。でももう離す気はないんだ。ごめんね」

サムはそう言って、ディーンのお腹をぎゅっと抱いた。空を見上げて黙ったサムの顔をじっと見た後、

「ほんとにばかだな。お前がワルな弟だって知ってて一緒にいるんだよ、ずっと前からな」

囁いて、後ろ手に彼の髪を撫でながら前を向いた。そうして二人は、こんなにも人がいるのに、世界で二人だけになったかのような穏やかな気持ちで、ランタンが目視できなくなるまでずっと空を見つめ続けた。橙色をした二人のともしびは、闇に沈む空をどこまでも進みながら、地上を暖かく照らすのだった。
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