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□Navigatoria
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[書きおろし 「水晶の典礼」]

兄と再会して間もなく、まだ僕らが親父を追っかけていた頃。路銀が尽きかけているというのに、酒と女の子をひっかけに行ったロクデナシにムカつきながら、僕はモーテルで日雇いのバイトを探していた。少しの間ながらも一般人としてまっとうに過ごしていた身からすると、偽造カードにはまだ抵抗があったのだ。

正直、親父の事などより、余程、兄を「普通」に戻してあげたかった。今の生活は異常なのだと、気づいてほしかった。「勤労」は普通の生活への第一歩だと思っていた。

ダイナーの店員はどうだろうか、ホールとキッチンで。バーのバーテンとかも似合うかもしれない。バーテン姿の兄を想像していた時、部屋のドアが開く音。

振り向いたら、
「サミィ……」
途方に暮れたような顔で立ちつくしながら、兄が泣いていた。




些細な事で涙が出るようになってしまった。とにかくすぐ泣いてしまう。バーにいた女の子に声をかけてからこうなってしまったようだ、とディーンは泣きながら訴えた。ちなみに今泣いているのは、涙が止まらないせいで頼んだお酒が全て、しょっぱくなってしまったからだと言う。

最初こそ慌てた僕だったが、
「全部、むちゃくちゃ濃いソルティドッグみたいになった……」
と泣く兄を前に話を聞いているうち、すぐに呆れてしまった。

「自業自得じゃないか。その子、魔女だったのかもね。どうせ、下ネタかセクハラ発言でもして怒らせたんだろう」

たまにはいい薬だ、と突き放したら、なんて薄情な弟だとディーンは泣いた。

寝れば朝には治ってるかも、多分…とか言いながらベッドへ潜った兄を、さも呆れた顔で眺めていた僕だったが、本当のところ、ドギマギしていた。

あの頃、ディーンが僕の前で大っぴらに泣いた事など無かったから。

じっと見ていると目を擦りながら見るなと怒るので、すぐに目を逸らしてしまったが、実際はもっと眺めていたかった。

静かに、はらはらと泣く横顔につたう雫は、泉のほとりに咲いたスノードロップのようだった。次々と流れつたい落ちるのが、奥深い山中の湧き水ほど透明でみずみずしそうで、思わず鳴った喉を水道水でごまかした。

心臓に悪いのでディーンが言うように明日には治っているといいな、と思いつつ、僕も眠ったのだった。
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