SPN
□Whole Lotta Love!
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彼はしばしば、キャスにとって無理難題をふっかける。まるで愛を確かめるようなそのワガママは不器用な彼の甘え方だ。勿論、キャスはできる限り、それに応えようと努力する。今回も例外ではなかった。彼は人間の歌など、ろくに知らない。だが思い当たるものはあった。
「……お?」
ディーンがカウンターで酒を受け取っていると、フロアにイントロが流れ始めた。信じられない思いで振り返る。
「おいおい、まさか歌うのか?……しかもコレ、ツェッペリンじゃねえか!」
それはディーンが彼に渡したカセットの中の一曲だった。原曲では高音で、ボーカルのロバート・プラントが実直な愛の詩をシャウトする。
『おちついた方がいいぜ、ベイビー』
それを今、壇上の天使はいつもの穏やかな低音のまま、歌いだした。
『俺はふざけてなんかいないから』
ディーンは、キャスがまともにロックなど、いやそもそも歌など歌えるはずがないと思っていた。ラテン語で詠唱する時のような一本調子のものになるだろうと。だが、予想に反して読経紙一重の歌には抑揚がかろうじてついていた。
『心のおくふかくじゃ お前だってそう求めているんだ お前に俺の愛をくれてやる』
スポットライトを浴びて立つ天使は、精いっぱい感情を込めた声で、ディーンだけを見つめて歌っていた。
『お前に俺の愛をくれてやるからさ』
目線がかち合い、ディーンは何でもないそぶりで酒をあおった。
「音の高低差があまりないから全く違う歌みたいに聞こえるが、それでも悪くねえんじゃないか、あんたのツレ」
隣の客が楽しげに言った。
「しかし熱烈だな。あいつ、さっきまでも歌うあんたばかり見てたし、今もあんたしか見てねえ。よっぽど、あんたに夢中らしい」