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□【WEB再録】生のままごと、分かち合うまねごと
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それにしても咀嚼するのが難しい。汚れた両手、ぼとぼとこぼれて落ちる具材。折角作ってくれたのだから残さず食べようとこぼれた具材を拾いつつ、ふとディーンを見た。
ディーンの口からは、つーっと伸びたチーズ。
「ん……」
つう、と伸びるそれを、伸ばした舌先に乗せ、私を見てニヤリと笑う。長く赤い舌に乗った薄黄色のとろとろとしたものは、何だかやけに淫靡に見える。カメレオンのように、ぺろんとチーズを口にしまいこんでから、ベーコンをでろり、と引っぱって、あむあむとかじっている。見れば、ディーンのバーガーには野菜類が入っていないようだった。栄養が偏るのでは、と心配する間もなく、ベーコンはもう口内に消えて、ごくり、と大きな咀嚼音。唇の周囲を赤い舌が、つ、つ、つ、とゆっくり周回し、緑の瞳は楽しげに私の様子を眺めていた。何かを誘われているような、覚束ない気分だ。私はそれから目を離す事ができない。
続いてディーンは勢いよくパティにかぶりつく。じゅわ、と滲む肉汁に、さすがのディーンも苦戦するのでは、と思いきや、口いっぱいに上手に入れていく。大きな唇は肉汁にてらてらと輝き、その端からは唾液のように、入りきらなかった透明な肉汁が、すーっ、と垂れた。そのうち、自分の両手が肉汁に光っている事と、口の端を伝うものに気づいたようで、ディーンは指を舐めながら口の端を拭う。
ちろちろと、歯の合間から覗く舌が扇情的だ。伝った肉汁を指先が拭いた。その味すら楽しんでいるようで、ディーンは目を閉じて微笑んだ。肉の味を噛みしめて、じっくりと口の中で味わっているのだ。とても楽しそうだった。
「おい、手が止まってるぞ」
ディーンの声で我に返った。どうやったら彼ほど、食べる事を楽しめるのだろう。知りたい。
「どうだ、美味いか?」
満面の笑顔で聞いてくるディーンを前にしては、とても言えなかった。料理の良し悪しは未だよく判らないが君を食べてみたい、だなんて。
*
二日目。
今日の彼らはモーテルではなく川べりに車を止めていた。恐らく宿が見つからなかったのだろう。ガードレールのすぐ脇に寄せて止まっているインパラの中で、サムが仮眠をとっていた。
「そこにいんのはキャスかー? こっちだー」
ガードレールから下を覗くと、流れる小川の横でディーンが私を見上げていた。地元の人間が使うのか、作られていた人口の足場を降りていけば、石で囲んだ焚き火の前で彼が座っていた。ぱちぱちと火が爆ぜる中央には、アルミホイルの塊がいくつか。それを囲むように串に刺した焼魚。
「釣果が良かったのか」
「まあまあかな。もうちょい早く来いよ、手伝わせたのに」
今日は手土産というものを持ってきてみた。彼にばかり、腕をふるわせるのも公平ではないので。
「おー、ビール持ってくるとか、お前にしちゃ気が利くな。どうしたんだ? 具合でも悪い?」
「何故体調を気遣われたのか判らない……」
「さて見ての通り、今日は魚料理だ!」
「昨夜、サムは胃もたれしていたからな、賢明な判断だ」
「あいつ、胃が弱すぎるんだよ」
火にかかっていたアルミホイルの塊を軍手で掴み、それを紙皿に乗せ、私に突き出した。
「ほい、一番デカいのをくれてやる!」
アルミホイルを解いていくと、むわあっと蒸気が上がった。中身は、蒸されたサーモンにレモンが乗っている。傍らにキノコとニンニク、そしてバターがふわりと香った。
「これはホイル焼きだ。ワインで軽く蒸してあるから美味いぞ〜。簡単にできるしサムも喜ぶし渾身の出来!」
さっそく、手でつまんで口に入れてみた。ほふっと湯気が口から出る。レモン風味のサーモンと白ワインがさっぱりとしたソース代わりになっていた。ディーンは串に刺さった魚の方を食べていた。白い肉に白い歯を勢いよく立て、ほふほふはふ、と慌ただしく口を動かし、私を見て笑った。
見るからに熱そうで、それでも熱いうちの方が美味いのだと言う彼は満足そうに口を動かす。私の心まで熱くなったようだった。