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□【WEB再録】生のままごと、分かち合うまねごと
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距離を詰めて油に塗れた手を掴み、なお懇願すると、唸りながら睨み返していた彼だったが、
「ああ、もう判った判った! 作ってやるよ」
しばらくすると自暴自棄な感じで叫び、手を振り払った。
「本当か、ディーン」
「キャスに関してはホントちょろいなあ、兄貴は」
サムに対しても、たいがいだと私は思う。
「ジャンクフードでは駄目だ。君の手料理がいい」
「判ったって。言い出したのは俺だし、ちゃんと頑張ってきたら、明日からディナーくらいは作ってやる」
「珍しい事もあるもんだね。まあ、健康的な食事をとってくれるなら僕としても嬉しいよ……僕の分もあるの?」
サムが振り返り、苦笑いを向けた。ディーンは、唇を尖らせて、ぷいと横を向く。
「当然だ。お前だけ好きなもん食うとか許せない。どうせ二人分も三人分も大して変わんねえしな。ただし、ずっとじゃないぞ。あくまで作ってやんのは気が変わるまで、だかんな! おい判ってんのか、嬉しそうにしやがって」
頬を突かれても、しばらく私の足元はふわふわしていた。小躍りしたくなる気分、というのはきっとこういう事で、ふとした事から転がったこの僥倖は私の気分を果てしなく高揚させるのだった。
*
一日目。
モーテルのドアをノックした私を、彼はギャルソンエプロンをつけて出迎えてくれた。
「なんだよドアなんかノックしたりして。珍しい」
「この方が気分が出る、そう思った」
「何が」
よく、ジミーがやっていたのを思い出した。彼が帰宅する時の挨拶を。できるだけ口角を上げて、こう言う。
「ただいま、ディーン」
所詮、ままごとのようなまねごとだ。しかし、家で自分を待っていてくれた相手に、人間はそう挨拶するらしい。食べる事が生きる事なら、ディーンは私を人のように生かそうとしてくれているのだろう。礼はつくさなければ、そう思っただけに過ぎなかったのだが私の挨拶に対して彼は、
「…………」
しばらく面食らって口をつぐみ、ふと視線を外しながら、
「お……おかえり」
ぽそりとさえずるように呟いた。
バニラアイスのように白い肌が、熟れた林檎ほどに赤らみ、上唇を噛んで不機嫌そうに突き出た下唇は食用バラの花弁にも似ていた。視界の端で、そろっと私を見る緑の瞳は添えられたミント。私の挨拶一つで、たちまちディーンはスイーツのように愛らしくなってしまって目を見張った。
「……存外、いいものだな」
「……何がだよ。お前、主語が無いんだよ」
口にしたらきっと美味しいに違いない、と内心、頷いた。口に出せば怒るに違いない、とも思った。黙っておく。
「悪くない。君が恥じらいながらも私を迎え入れ、挨拶を返してくれるのは。胸が暖かくなったような錯覚があった」
「馬鹿じゃねえの。やめろよな、何か夫婦みた……」
何故か発言途中で黙りこんだ彼の顔を覗きこんだ時、
「新婚ごっこするのは僕のいないとこでやって」
後ろを通りすがった呆れた顔のサムが言った。
「は? べ、別にそんなんじゃねえし違うし……」
「ではディーン、言ってはくれないのか。『お風呂にする? ご飯にする? それとも、』」
「お前も軽々しくのっかるんじゃない!」