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春の兄貴と僕ら
春の兄貴は、よくとぶ。
薬でもキメてるのかというくらいブッ飛んでいる。
何がって、テンションが。
僕らは、ちょっと足を伸ばしてメリーランド州の住宅街、ケンウッドへとやってきた。
「サクラ見に行こうぜ、サクラ!!」
とかなんとか言って、それまで助手席でウトウトしていたはずの兄貴が、いきなり僕を揺さぶって進路をケンウッドへと変更したからだ。
いや、もちろん僕だって反対したさ。
「進路から外れちゃうだろ、完全に寄り道だよ。あと花粉も飛んでるし、それに花の下にいる兄貴なんか、もう人間じゃなくて妖精だもの」
「ようせ…?グレムリン的な?ひでぇ」
「もうちょっと自覚しろよな!只でさえ、ティンカーベルみたいなのにサクラの下にでも行ってみろ、僕は妖精さんのあまりの愛らしさに死んでしまうかも」
「やっぱりお前は俺よりバカだよな、実際」
ともかく却下です!そうキリッと言ってはみたものの、兄貴ははじらいながらこう言った。
「実は俺、お前とケンウッドに住むのが夢だったりするんだ…一緒にサクラ見ながらゆっくり老後生活とか憧れてな…」
「なんか急に物件情報を探しに行きたくなった。よし、将来の下見にちょっと寄ろうじゃないか」
春の陽気とは怖いものだ。僕の強固な意志すらも屈服させるのだから……。
ケンウッドの街は、住宅一軒に一本のサクラが植えられているくらいの高級住宅街。この時期はどれも満開に咲き誇って、ワシントンでもちょっとした名所になっている。
そんなわけで僕らは今、ぽかぽか陽気の下、サクラでできた大アーチの下を優雅にお散歩中だ。
サクラの花びらが風に舞って、はらりはらりと落ちて来る。ピンクのじゅうたんが周りには既に出来ていて、兄貴は先ほどから落ちてくる花びらを、
「とぉ!…くそっ、今のかなり惜しかったよな!」
空中で捕獲しようと、ぴょんぴょん飛んでいた。とぶのはテンションだけじゃなかったようだ。
掴めそうな所で、手をかいくぐって落ちていく花びらを悔しそうに見る姿は……その姿は…、
「もうやめてくれ…僕のライフはゼロだ」
僕をキュン死にさせる程、可愛かった。
「み、みっともないだろ」
本音を隠してやっとそう言った横に影が差し、
「いいぞもっとやってくれ」
春の陽気に誘われちゃったのか、バカ天使が現れた。
「おぅ、キャス。これは動体視力の修行だぜ!」
「そうだったのか、踊っていたのかと…」
出て来るほどヒマなら息すんな邪魔すんな散れ!!と僕が天使に説教している間にも、兄貴はぴょんぴょんしている。
ふわっとジャンプして、空へと手を伸ばすその姿を、ぶわっとふいた桜の嵐が隠す。
…なんだか不安になった。
ジャンプした兄貴と、ひらひら空を舞う花びら。
それがそのまま、一緒に風に乗って…
「…ん?どした、サム」
気づけば僕は、兄貴の腰を掴んでいた。
「…………」
無意識に掴んだ腰を、そのまま地へと引きもどす。
「えっと、なんか…」
「なんか?」
―なんか、兄貴が花びらみたいに飛んでいっちゃいそうで怖くなって思わず掴んじゃったんだ―。
なんて。
言えるわけないだろ、そんな恥ずかしい事。
「ごめん、なんでもないんだ」
曖昧に答えた僕を見て首を傾げながらも、邪魔すんなよな!とか言いながらまた兄貴はぴょんと飛んだ…かのように思われた。
「もう何なんだよ、お前らは!!」
今度はバカ天使が兄貴のシャツを掴んで降ろしたのだ。再度邪魔されて兄貴はふくれている。
「……君が、たんぽぽの綿毛のように跳躍したものだから、そのまま春風に乗ってしまうかと思った」
こころなしか、照れているような声で釈明する天使を見て、この流れなら言えると確信。
「実は僕も同じような事思った」
「ほ、ほんとにお前らってバカ…」
微妙に甘ったるい空気が三者間に流れた時、ふいに兄貴の鼻の上へ、はらりと花びらが落ちてきた。
「あっ、落ちてきたよ」
反射的に、ばしっと叩いたらとうとう兄貴が怒ったので、そのまま僕らはピンク色のアーチの下で和やかに追いかけっこなんかしちゃったのだった。
※『兄貴は妖精説』が浮上する春です。