SPN

□Blue record(サンプル)
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プロローグ

「僕、家族のアルバムが欲しい」

ジャックが唐突にそう言った。

「振り返って皆で「こんな事もあったね」って笑い合えるようなもの。ディーンとサムは僕らの事、忘れたりなんかしないって判ってるけど、人の記憶というものは風化するものなんでしょ? それにネフィリムの僕だって、もしかしたらいつか大切な事を忘れる可能性もある。だからね、「保険」っていうか、誰かが忘れても思い出せるものが僕らには必要だと思うんだ。いつか全てが終わった時に、確かに残る物が欲しい。いつでもディーンやサムの思い出を手繰れば、キャスと僕が彼らと共に在った事が判るように」

私は一も二もなく頷いた。

「判った、そうしよう。これからは記録を忘れないようにする」

そう言うと、ジャックは笑っているようで困っているかのような微笑みで、

「うーん、えっとね、僕、今までの三人の思い出も欲しいんだ。僕がいない時の皆の事。これまでにも三人からこんな事やあんな事があったって、いろんな話をしてもらったけど……」

もじもじと恥ずかしそうに言った。

「あのね、テレビで見たんだ。子供はお父さんに枕元でお話してもらうんだよ。ヒーローの物語や冒険のお話。僕も、してほしい。キャスに」
「私に? 判った。ではヒーローの本を今度」
「だから、僕にとってのヒーローは三人の事なんだってば! キャスの、二人との思い出もアルバムに綴じてほしいんだ。これからの事は僕がアルバムに残せるけど、今までの事は判らないから。そうしたら、僕は僕の知らない三人の思い出も振り返れるし、一緒に見せてもらう事ができるでしょう? それでキャスは、それを僕に話してくれるんだよ。それは、とっても素敵な事だなあって思うんだ」

滅多に我儘を言わない子の、たっての願いだ。私としても叶えてやりたいと思った。これが普通の家族ならば、容易に応えてやれただろう。しかし、何かを後に残す生活はできず、彼らも私も旅また旅で余裕もなかった。皆で記念に写真を撮ったのは、数回だ。そう告げると、ジャックは、
「……そっか。じゃあ、時々、お話してくれるだけでも嬉しいんだ。暇な時とか、考えておいて」

と言い残し、部屋へ戻っていった。目に見えて、しょんぼりとしているその背を見送りながら、何かできる事が他にないかと一生懸命考えた末、思い当たる事があった。

写真の詰まったアルバムは無いが、それに近いものなら形にできるかもしれない。



皆が寝静まってから、そっとバンカーを後にして、天界のメタトロンの元職場だった場所を訪れた。記録と記憶に関するものなら、ここである。 

主のいなくなった部屋は、今や死蔵の書架と化していた。書記官の集めたものや、倉庫がわりに積み上げられた本の山から、目当ての物を手にするのは、それほど難しい事ではなかった。

「ブランク」と書かれた箱の埃をはらい、中を開ければどれも同じ装丁の本が大量に収まっていた。一冊を取り出し、「それ」が今も機能するかどうか、眺めてみたが微かに反応があった。

かつて、怠惰でずる賢いあの書記官は、ある発明をしたのだという。天使が恩寵を込める事で、その天使の記憶が自動書記により記録される書物。それがこれである。この発明により、一時期、奴は大勢やってくる天使達の任務報告を自分で書き留める必要がなくなったのだが、代わりに怠ける事を覚えてしまった為、それを見とがめた大天使が使用を禁じた、と聞いていた。

処分されたという話までは聞いていなかったし、あの男の事だからこっそり隠れて使っていたとしてもおかしくないと踏んできたのだが、在庫が残っていてよかった。

「うまくいくといいのだが……」

本が薄青く、発光する。

私は目を閉じ、力を込めながら、過去の色々な出来事を思い返していった。
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