SPN

□Whole Lotta Love!
1ページ/3ページ


寂れた街の片隅のバーで、キャスは首を傾げていた。壇上では神の最高傑作だろうと思われる世にも美しい生き物であり、彼が最も愛する人間、ディーン・ウィンチェスターが歌っている。しかし、彼が歌い始めてからどうも場の雰囲気が悪くなったような気がするのだ。

ディーンはというと、そんな雰囲気を気にも留めず、気持ちよく一曲歌いあげ、

「センキュー、アリーナのみんな〜!盛り上がってるかー!」

酔いに酔っていた。フロアは実に冷え冷えとしていた。

「イエーイ、二階席〜!」

キャスはカウンターの椅子から腰を浮かせ、大きく手を振って応えたが、他は誰一人として反応しなかった。

「よぉし、アンコールにお応えして二曲目、」

ディーンが言いかけた時、大ブーイングが巻
き起こった。

「誰がアンコールした、誰が!」
「ひっこめ、頼むからもう一生、マイクを握るな!」
「あんちゃん、顔はいいのにヒデえなあ!」

居合わせた客達が口々に叫び、紙くずにグラス、果ては酒ビンなどが次々と宙を舞った。それでもどこ吹く風で次の曲を選曲し始める歌い手にフロアは戦慄し、阿鼻叫喚を極めた。暴動寸前の空気の中、ディーンの足がふらついているのを見てとったキャスは立ち上がって寄っていくと、その肩を支え、マイクを握る手を抑えた。

「ディーン、酔いがまわっているようだ。今夜はもう帰ろう」

ディーンは顔を上げ、酒に潤む瞳を不満たらたらに歪めた。艶やかな唇を突き出し、低く、恨めしげな声で反論する。

「なんだと?お前、俺の歌が聞けないってのか?」
「いや、君の歌は実に個性的で味があり、いつまでも聞いていたいとは思うが……」

真顔で吐かれたその台詞に、客達が信じられないものを見る目でキャスを見た。

「しかし、今夜の君はもう限界のようだから、」
「全然限界じゃねえし!何ならオールでリサイタルできるぞ」

「何故か客席から絶えず悲鳴が上がっているから場所を変えようと言っているんだ。君の部屋で私の為だけに歌ってほしい」
「俺の歌は、そんなに安くねえぞ!それに、一曲も歌わないくせしてリクエストだけするなんてずるいんじゃないか?」

キャスは驚いたように、目を瞬いて首を傾げた。

「私が歌を歌えば君の気は済むのか?」
「お前の歌ぁ?無理だろ、歌えるもんなら歌ってみやがれ」

投げやりに一言言うと、戸惑っているキャスの胸にマイクを押しつけ、ディーンはカウンターへ酒を頼みに行ってしまった。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ