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□【WEB再録】生のままごと、分かち合うまねごと
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食べる事は生きる事だ。
私にそう教えたのは彼だった。

以前、森の中で野宿した時。ボウガンで眉間を射抜いた野ウサギを前にして、彼は礼を言った。謝罪はしない。己の血肉、生きる糧になってくれてありがとう、と。

夕焼けの橙が彼の横顔に差し、彼を照らしていた。地に膝をつき、長い睫毛を伏せてウサギに黙祷した彼が、黄昏色の薄明光線で包まれ、静寂の森の中にいるその姿が、とても美しかった事を覚えている。



「……お前な。仕事してこいよ、サボってないで」

ベッドに寝転がって大袋のポテトチップスを食べる姿を、傍らに腰かけて見守り続けていたら、頬袋を膨らませて彼が言った。

「仕事なら今、しているが」
「俺の守護をしてるって言い訳は聞かないぞ。俺が食ったり寝たりしてる姿を見るのは守護って言わない!」

「……ディーンもね、仕事しなよ、サボってないで」

ラップトップに向かったまま、呆れた声で言うサムの言葉は、彼には聞こえない。

「書類仕事とかもあるだろうに。バカみたいにひたすら俺の事見てないで、ちょっと戻れっての」

戻れ、とは天界の事なのだろう。彼はパーソナルスペースに私が長居しようとすると、よく私を追い払おうとする。

「動きたくない……」

そのたびに私は、君から離れたくないと意思表示をするのに彼は判ってくれない。

「昨日もそんな事言ってしばらくグダグダしてたじゃねえか。働きたくないでござるって理由だけで監視される俺の身にもなってみろ、お前に見られてるとムズムズする!」

ムズムズするから私を追い払うという感覚は判らない。その『ムズムズ』とは何なのか、体が痒いというわけではなさそうなのに怒るのは何故なのか、見つめていると少しだけ頬を赤く染めるのが『ムズムズ』の正体なのか、と私が頭で色々考えているうちに、彼の口はよく廻ってしまう。

「昔の言葉にもある。『働かざるもの生きるべからず』!」
「死ねと」

誰がそんな事を。日本人だろうか。彼は胸を張り、女王のように居丈高に宣言する。

「慈悲はない!」
「兄貴、さすがに生かしてはおく。けど食べさせないんだよ。『食うべからず』だ」
「慈悲はあった!」

喉に何かつかえたような顔で袋を探る女王を見ながら、

「という事は、働いたら君が何か食べさせてくれるのか」

私が頷くと、うん? と首を傾げられた。

「何でそうなるんだよ」
「労働には対価が必要であり、この場合の対価は食事なのだろう。私は君の料理なら欲しい」

「えぇ〜……天使のくせに見返り求めんのかよ。慈善の塊のような俺達を見習ったらどうだ、なあ、サム」
「うーん、偽造カードとか違法なギャンブルで路銀を稼ぐのを慈善の塊と言っていいのか僕には判らないよ」

「少なくともハンター業に関しちゃ慈善だぜ」

言いながら私を睨むので、大きく頷いた。しかし私の、彼に対する執着を甘くみないでほしい。

「確かに君達の行いは素晴らしい。それはともかく私は君に関する事でなければ殆ど動かない事を決めた」
「ダメだこいつ揺るがない!」

「帰還した時、君が手料理を用意して私を待っていてくれる。それはどれだけ素敵な事だろう。是非、体験したい」

じっ、と彼を見つめてみる。緑の瞳は動揺に泳いだ。
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