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□Achwie flchtig, ach wie nichtig
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かつてそこにはエレンのバーがあった。
どこか安らぎに満ちていて、扉を開けばあの親子が兄弟を迎えた場所。

だがそれも今は、がれきの山と成り果てた。

ディーンは不定期にここを訪れては、バーやそこにいた人達を脳裏に描いて過ごしていた。


近くのモーテルにサムを残し、彼は今日もここへ足を向けた。

だが、エレンが好きだった酒のボトルをぶら下げながらの緩い足取りは、ふと前方を見上げた時に止まる。

歌声が、聴こえたのだ。


『…Achwie fl chtig, achwie nichtig Ist derMenschen Leben.
Wie einNebel bald entstehet Und auchwieder bald vergehet,So ist unser Leben, sheet…』

(はかなくむなしき 地なる命
靄と立ちのぼり また消え去りゆく
そをとくと悟れ)


どうやら今日は、先客がいるようだ。


夕日が傾きつつあるオレンジ色の世界に、ゆらゆらと影が揺れている。

陽を背負っても尚、黒いその影はバーの残骸へと腰を下ろし、程良くかすれた声で歌っていた。

ジャズバーとかで歌ってる歌手のようだと、ディーンは少し感心した。


低音が地に深く浸みいる水のように、夢の跡形へと落ちていく。

そのカンタータはおそらく、『こちら』にいる誰にも向けられてはいない。こちら側からはもう決して届きはしない『あちら』にいる誰かに向けた歌なのだろう。
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