Treasure

□《Looking For Angels》
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TS/D


《Looking For Angels》







 長く続く雨の中、サムの待つモーテルまで後少し、眠気に耐えられなくなったディーンは道端にインパラを停めシートを倒した。しとしと雨はフロントガラスに弾かれ穏やかな音楽を奏でるようだ。うつらうつらと夢心地、ディーンはまぶたを閉じたり開いたりを繰り返す。雨の日の夜は暗い。星の明かりに月明かりがどれだけ世界を照らしていたか思い知らされるようだ。今は深い闇にしか見えない曇天が夜空を覆い隠している。携帯がバイブ機能で振動している。きっとサムが心配してかけてきているのだろう。だが、ディーンはこれ以上の運転は無理だとさっさと諦めた。
(サミー……悪い)
 大きく欠伸をし、目を閉じた。
 不意に、助手席のドアが開いた。ディーンは起きれもせずにまぶたを持ち上げる。しかし、すぐに暗闇に覆われた。手のひらが、ディーンの目を覆ったからだ。優しい仕草。強盗か、まさかとは思うが強姦魔か。ディーンはそっと腰に手を回す。銃を抜き取ろうとしたが、腕を掴まれた。
「そうビビるなよ」
 声に聞き覚えがある。
 握られた手に柔らかな感触。どうやら手の甲にキスをされたらしい。まるで主に忠誠のキスする騎士のようだ。だがこの男は騎士でもなんでもない。イタズラが趣味、「自業自得」をモットーに殺人を楽しむ忌まわしき“異教の神”。
「トリックスター」
 忌々しげなディーンの声、トリックスターはくくくと喉で笑う。
「トリッキーと呼べよディーン」
 笑い声にまるでおちょくるような声音。気に入らない。起き上がろうとするが、体が動かなかった。この“異教の神”は何が楽しいのか知らないが、事あるごとにディーンとサムをからかいに来る。
(なんて暇なやつなんだろう!)
 ディーンやサムが嫌うのも仕方ない。ディーンは何度も殺され、サムは何度もディーンを殺された。あの悪夢は二人の中から未だに消えていない。そのくらい、強烈で最悪の記憶なのだ。
「また俺を殺しにでも来たのか?」
「それもいいかもなぁ。お前の死ぬ瞬間は絶頂と似てる。だがエクスタシーならセックスの方が俺は好きだ」
「俺だってそうだよ!」
 この変態め!
 ディーンが罵ったところでトリックスターは楽しそうに笑うばかりだ。ドMなのかドSなのかどちらかにして欲しいところだ。
 ギシリ、とシートが軋む。沈黙にインパラを打つ雨の音。ディーンの中に不安が生まれる。さっきまでのおしゃべりが嘘のように、トリックスターは口を噤んでいる。ディーンはトリックスターがまた口を開くのを待った。どうせ今は奴の手の中でしかない。
 唇に吐息が触れた。
 そわりと産毛が逆立つ。
 やんわりと唇をふさがれた。避ける事もしないまま。未だ暗闇を見せたままの、トリックスターの唇だろう。確かめるように、何度も角度を変え、触れるだけのバードキスを繰り返される。驚きと、何をされるかわからない恐怖心が、ディーンに淡い快楽を与える。そろりとざらついた舌で唇を舐められ、ディーンは甘い吐息を零した。首筋にチリと痛みが走る。
「トリッキー……?」
「しー……」
 小さな子供に言い聞かせるように囁いて、トリックスターはゆっくりと唇を重ねてきた。ちゅくちゅくと唇を吸われ、ぼんやりしてきたところで、舌が滑り込んできた。舌を絡められ、唾液が混じり合う。
 甘い快楽の中に、ディーンの意識は落ちていった。









「お前がこれから遭遇するのは、ラグナロクだ。お前は、いや、お前達はその心髄と言えるだろう。悪魔が弟を見張ってきたように、天使がお前を見張っている。俺も、……そうだ。お前は運命を受け入れるか?それとも」









 携帯電話のバイブの振動にディーンは飛び起きた。
「!?」
 心臓はどっどっどっと激しい音を奏でている。ディーンは自分の体を確かめる。特に怪我もないし、殺されはしなかったらしい。辺りは暗く、まだ夜だと教えてくれる。雨はもう止んでいた。携帯電話を開けば、サムからの着信。
「サミー?」
『ディーン、どこにいるんだ?もう帰って来るんだろうな?』
「あ、ああ。眠気に負けて、インパラ停めてちょっと寝てたんだ」
 その筈だ。
 悪い夢でも見ていたのだろう。
 電話の向こうでサムがため息をついた。
『ディーン、男でもディーンみたいな見た目だと夜に一人は危ない。わかるだろ?』
「わかんねぇよ」
『いいからもう帰って来い』
「……わかった」
 通話を終了し、ディーンは携帯を助手席に放った。見ればシートは少しばかり色を変え、雨に濡れた誰かが座ったのだと伝えている。
 バックミラーで確認すると、首筋に赤い痕。
「何、しに来たんだよ、あの野郎……」
 ディーンは眉間に縦皺を刻み顔をしかめると、クラッチを踏み、キーを回した。





end


“Looking For Angels” song by “Skillet”



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