創作物

□小説
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「ふぁっ……」

 人のまばらな学校の廊下を歩いていると、再び小さな欠伸が出た。最近あまり眠っていないせいか、常に眠気とダルさがつきまとう。今夜くらいはゆっくり眠った方が良いかもしれない。

 目尻に溜まった涙を指先で拭い去る。なんだか自分が泣いているような錯覚に陥った。朝から母の機嫌を害してしまったせいだろうか。

 ふと視線を移す。欠伸が伝染したのだろうか、横を通り過ぎて行った男子も人目をはばからず、盛大に欠伸をしているのが見えた。欠伸が伝染する、とは真赤な嘘というわけではなかったらしい。

 教室に入ると既に大半の生徒が登校していた。彼等は仲の良い者同士達で固まり、それぞれ違う話題で盛り上がっているようだ。が、私が来た事に気がつくと、一部の生徒達が気まずそうに口を閉ざした。

 その様子を尻目に、自分の席へと向かう。が、自分の席を正面に捉えた時、思わず足が止まった。私の席の周りに数人の女子が溜まって談笑していたのだ。無意識の内に眉間にシワが寄る。

 私が無言で見ていると、やっと教室の空気と私の視線に気がついた彼女達がこちらを振り向く。彼女達は私と目があった途端、クスクスと含み笑いをしながら私の席から離れていく。

「…………」

 彼女達が離れていった事で、机の上が良く見えるようになった。おかげで朝から見たくも無い物が視界に入る。

 机上には一輪の花が置かれていた。しかもご丁寧に空き缶に挿されている。萎れかけた菊だった。

「あーあ。阿河(アガワ)さん可哀想ー!」

「本当、可哀想ー。死んじゃってねぇ」

「チョット可愛いからって調子に乗ってた罰じゃない?」

 すれ違いざま、彼女達は私に聞こえる程度の声で会話した。

 ふう、と本日二度目の溜息を吐く。今時こんな使い古された手を使う彼女達に。そしてそんな手を使われる自分に対して。どちらにも呆れてしまう。

 すっと菊の花を空き缶ごと持ち上げ「君も災難だったねぇ」と心の中で呟く。空き缶は中が空だったためそのまま空き缶入れに投げ入れる。花の方は少し迷ったがゴミ箱に棄てた。

 以前ならこの程度でも随分心が傷んだ。今ではその心も”慣れ”という名の麻酔を打たれたらしく、薄い感情しか伝えなくなっていた。

「余程、暇人なんだなぁ。置いていった人って」

 ぼそりと呟けば、さっと彼女達の表情が変わった。しまったと今更ながらに思う。
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