創作物

□小説
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   第一章

 午前七時二十分。

 腹が立つ程正確で、規則的な電子音が鳴り響いた。耳障りなそれを根源から叩き潰す勢いで、電子音を発し続ける金属の塊に拳を打ち付ける。塊はその衝撃で音を絶ち、勢い余って転がり落ちていく。

 無残にもその塊――目覚まし時計はガシャン、と悲痛な音を上げ床に落下した。

「ふぁ……」

 欠伸を一つしながら、のろのろとベッドから這い出す。背中に誰かおぶっているのかと思う程、体が重い。出来れば今すぐベッドに戻り、惰眠を貪りたい気分だ。これから始まる一日のことを考えると、特に。

 だが色々と事情があり、そうもいかない。「事情」と格好つけて言ってみても、所詮「これから学校がある」というだけだが。人間、そうそう特異な事情など持てないらしい。

 あぁー、と無駄に重苦しい溜息を吐き出す。

 身支度を整え、学校指定の真っ黒な制服を着込む。準備が出来、トントンと軽い音を立てながら階段を降りる。一段降りる度に制服のスカートがふわりふわりと静かに揺れた。

 階下へ降りれば、その気配を察したらしい母が声をかけてきた。

「呂熙(ロキ)、朝食はもう出来てるわよ」

 言われてテーブルの上を見てみれば、味噌汁、白米、鮭の切り身……。いかにも「和食」といった物が並べられている。

 朝早くから頑張るなあ、等と他人事の様に考えながら席に着く。向かい側の席では、二つ下の弟が既に箸をつけていた。

 ふと、何気なく弟の隣席に目を向ける。一人分の何も置かれてはいない空間が視界に入った。そこは父の指定席だった。

 そういえばしばらく父の顔を見ていない。今頃、出張先でどうしているだろう。ちゃんとご飯は食べているだろうか。

 朝食に手も付けずにぼうっとしていると、「さっさと食べて」と催促された。

 もくもくと、食品を口に放り込んでは口を動かす。ワカメが浮いた味噌汁をすすっていると、不意に無言だった弟が口を開いた。

「あのさ、母さん。今日部活で遅くなるから」

「あら、そうなの? 夕飯はどうする?」

「いい、友達とどっかで食べてくる」

 そう、と母は穏やかに笑う。その隣で、そういえば、と私は弟の言葉で自分も帰りが遅くなる事を思い出した。箸を止め、母に向き直る。

「お母さん。私も今日は……」

「だから私を『お母さん』って呼ばないで!」

 バン! と箸を机に叩きつけた。遅くなるから、と続けたかった言葉は、母の怒声によって退けられた。さっきまでの穏やかな顔とはまるで違う険しい顔。

「……ご、ごめんなさい」

 蚊が鳴くような声で謝れば、母は肩を怒らせ私を睨みつける。怒りのせいか、母の手が小刻みに震えていた。

「まったく、何度言えば貴女は分かるの? 貴女はただの同居人でしかないのよ!」

 そう言い放つと、母……いや、義母は自分の部屋へ行ってしま う。バタン! と、荒々しいドアの開閉音が私を殴りつけた。

 ……ああ、また怒らせてしまった。

「ご馳走様」

 視線を移すと、弟が悠々と自分の食器を片付けていた。
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