創作物
□小説
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序
しん、と耳が痛くなりそうなくらい物静かだ。先程まで聞こえていたバイクや、車の走行音すら全く聞こえない。此処まで静かだと、耳を澄ませば自分の心音や血管の中を駆け巡る血流音も聞こえてきそうだ。
まだ闇に慣れない目を凝らし、辺りを見渡してみる。だが、視界に入ってくるのは何所までも続く暗闇だけで、他には何も見えない。
此処には幾つも窓はあったはずだ。それなのに、何故月や街の明りが少しも入って来ないのだろう。此処だけすっぱりと世界から切り離されてしまった様な気がする。
こんな暗闇の中「彼」は何所へ行ったのだろう。近くでひっそりと息を潜め、私が立ち去るのを待っているのだろうか。何にせよ、このままでは「彼」を探す事が出来ない。何せ自分の足元すら見えないのだから。
内心小首を傾げながらも、先程まで蛍光灯のスイッチが見えていた壁へと手を伸ばす。しかし伸ばした手がすっと虚しく空を切る。
あれ、と思い、更に奥へと突き出してみるが、手に何かが触れる事はなかった。何度手を伸ばしても、両腕で周りを探ってもただ空を切るだけだ。近くにあったはずの壁にすら手が触れない。
心臓が急に高鳴り、嫌な汗が頬を伝う。
「どうして……」
口から出た言葉は掠れ、言葉尻は蚊の鳴く様なものだった。混乱しているせいか、思考の整理が出来ない。だが、それも一瞬の事で、私の頭は悪夢の様な答えを導き出した。
出口の消失。つまり私はこの場から帰る事が出来ない。
数秒思考回路が停止する。頭では「そんな馬鹿なこと、あるわけがない」と否定する。だが、ざわざわと腹の底から言いようのない不安感が湧き上がるのは止められなかった。
「だ、誰か、誰かいませんか!」
半狂乱に成り掛けながら、暗闇に向かって叫んだ。それからしばらくじっと耳をそばだてていたが、物音一つ返ってこなかった。「彼」も当然ながら何も返してはくれない。そもそも、今「彼」は居るのだろうか。
「…………」
対流の無い、湿った空気がじっとりと私を包み込む。
それを振り払う様に頭を振る。ぎこちない動作でも、何度かゆっくりと深呼吸を繰り返せば幾らか気分が落ち着いた。
「とりあえず、前に進んでみよう」
ぎゅっと無意識の内に手が握り締められていた。