創作物

□小説
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 ふうわりと花の香りが漂っている。むせ返るような甘い香りだ。それが沈み切っていた私の意識を緩やかに上昇させていく。

 痛みは特になかった。感じる間も無く死んでしまったのだろうか。なら、なんという幸運なのだろう。

だがその代わり、今までに感じた事のないような疲労感と虚脱感が私を包んでいた。あるのかどうかは分からないが、体が鉛の様だ。またどこまでも深く落ちていってしまいそうな程に。

 軽やかで、ほのかな風の音が聞こえてきた。

それに誘われるようにゆっくりと瞼を押し上げる。途端、我先にと言わんばかりに外界の光が侵入してきた。少しばかり、眩しさにめまいを感じる。数度瞬きを繰り返した。

 まず、真っ先に見えたのは色とりどりの花々。その見たこともない小振りの可愛らしい花達が風に揺れている。これらが香りの元なのだろう。

 私はうつ伏せになっていたらしい。目の動く範囲で視線を上げた。まだ夜の気配が残る、青白い朝日が遠くの山を薄紫に染めているのが見える。口から漏れる息が白い。やはり朝方なのか。

 どうやら私は死んではいないようだった。

 体を起こすため、体に力を入れる。

「うっ」

全身の関節が一斉に悲鳴をあげた。あまりの痛みに息が詰まる。

 少ししてから一度、出来るだけ大きくゆっくりと息を吐き出した。すると体が大分楽になった。

 徐々に慣らすよう両腕を持ち上げたり、伸び縮みさせたりする。何度か繰り返す内に、普段どおりに動くようになってきた。それにほっと胸を撫で下ろす。

 そして今度は緩慢な動作で仰向けになってみた。途端、眼前にどこまでも澄み切った大空が広がる。そこを私の吐いた白い呼気が流れ、溶けこんでいった。

「不思議」

今更ながらそう思う。この視界一杯に広がる空のどこから私は落ちてきたのだろう。私が潜り抜けた穴などはどこにも見えない。肉眼では捉えられないほど高い場所だというなら、何故私は生きているのだろう。

……全部夢だろうか。

もしかするとこれは質の悪い悪夢で、私はまだ自室の布団に包まれているのかもしれない。それとも、保健室だろうか。

ぐっ、と力を入れ、体を起こそうとした。また全身に痛みが駆け巡る。だが、もう耐えられないほどのものではなかった。

自分でも分かるほど顔をしかめつつ、思い切って体を起こす。それだけでもどっと疲れた。夢だとすると本当に質が悪い。

「……どうすれば目が覚めるの」

誰にともなく発せられた言葉だった。
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