創作物

□小説
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   第二章

 永久の暗闇の中、私は奈落の底へと落ちていった。

 気持ち悪い浮遊感に慣れることは無く、腹の底が抜けてしまったようだった。

 悲鳴の一つでも上げてやりたかった。だが、下から吹き付けてくる強風のせいか。はたまた単純な恐怖のせいか。私は呻き声すらあげられずにいた。

 足元が抜けたあの時は悲鳴をあげる事が出来た。だがそれきり、私の声帯は音の出し方を忘れたかの様に、何一つ声を上げられない。

 「このまま永遠に落ち続けるのだろうか」と、恐怖で混乱した頭が真剣に考えだした頃だった。何の前触れも無く、今まで闇以外映さなかった私の目が何かを捉える。その”何か”は針の先で突いた様な小さな小さな白い点だった。

 何だろうと考える間も無く、眼下に見えるそれはぐんぐんと大きくなっていく。

 いや、正確にいえば、私の体が急速にそれに近づいていった。

 それが何なのか、私にとっては吉なのか凶なのか。見定めようと必死に目を凝らす。涙のせいでぼやけてはいたが、それが外界へと繋がっている大きな穴のように見えた。ぼんやりと大きな山や、広大な平野といった外の景色が広がっていたのだ。

 外だ! と歓喜しようとする心に、頭が即座にストップをかける。

 私は今落ちている。それも一メートルや二メートルどころの高さではない。このままいけば、確実に地面に衝突して即死するだろう。それに今度は明確に”高さ”が見える。

 再び頭が真っ白になった。

 そうこうしている内に、私の体はするりと穴を通り抜ける。その途端、視界一杯に景色が広がった。動く範囲で頭をあちらこちらと巡らせてみる。

 少し遠くの方に、日を背にして煌煌と見える古城が立っていた。その下には城下町らしき建物の集合体があった。そこからずっと遠くの方にはどんよりと暗く静まった海が見える。更にそこから離れた場所に小高い峰々が隆起し、赤茶けた地肌が晒されている。それは深緑の森に縁取られ、まだらに見えた。

 今まで、自分が住んでいた場所では見たことのない光景ばかりだった。

 明け方か日暮れ時なのか、辺りは薄暗い。だが恐らくは朝だろう。教室に入る前、外は真っ暗だったのだから。

 時間の流れ的にありえない事だったが、今は完全に頭の中からその疑問は消した。そんな事を考える余裕を今は持ち合わせていない。

 薄い雲の間を通り抜け、冷たい風の中を落ちていく。酷く寒かった。

 私はどうする事も出来ず、頭の中で「死」という言葉を延々と巡らせるばかりだった。地面がぐんぐんと近づいてくる。

 距離はおよそ百メートル。木々がまばらに立つ野原が見える。

 七十メートル。どうやらその辺りに落ちるようだ。

 五十メートル。硬そうな地面が腕を広げて待っている。

 三十メートル。歯の根が合わず、ガチガチ震えた。
 十。目がかすむ。意識が遠退いていく気がする。

 九。全てを諦め、目を閉じた。

 八、
 七、
 六、
 五、

 四、


 三、


 二、



 ……
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