創作物
□小説
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恐る恐る一歩踏み出す。ずぶ、と足が沈む。まるで砂の上を歩いている様な感触だ。どう考え直しても建物に使われる様な質感ではない。もう一歩、もう一歩と歩を進めても何所にも床の様な固い感触が無い。
すでに泣き出したい気分だが、ぐっと堪えてゆっくりと歩を進めていく。それから二十歩程進んだ辺りで、不安が再び首をもたげてきた。
普通の教室なら、そろそろ壁にぶつかっていても良い頃だ。私は歩幅が極端に狭いわけでもない。それなのに、まだ終わりが全く見えてこない。それに作業台や椅子に全くぶつからない、というのもなんて奇妙な話だろうか。
ふと思いつき、ごそごそとスカートのポケットを探り、中から目当てのものを引っ張り出した。何所にでも売っている安物のリップクリームだ。
それを少しの間手の中で弄った後、思い切り放り投げた。投げてから何かにぶつかるまでの秒数で距離を測ろうとしたのだ。
だが、十秒待っても、一分待っても、何かにぶつかる音はしなかった。砂の上に落下した様な音もしない。まるで手から離れた途端に宙で消えてしまった様だ。
どうすれば良いのか分からなくなり、脱力してその場にしゃがみ込む。体が異様に重く感じられた。
「もう嫌だ……」
堪えていた涙が一滴零れると、堰を切った様に後から後から溢れ出てきた。
「もう、嫌。此処は何所なの。夢の中? 何で、何で私が、こんなところに……」
涙と一緒にぼろぼろと口から愚痴が零れていく。それはただただ零されるだけで、誰も聞いてはくれない。闇が嘲笑しながら私を見下ろす。
物音一つしない闇の中で一つだけ私の嗚咽が響く。だが、その静寂に小さな「異物」が混じりだした。
それに気がつくには少し時間がかかった。
その小さな異変に気がつくと、無意識の内に涙が奥へ引っ込んだ。