創作物

□小説
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 その音がした後は、しん、と耳が痛くなりそうなほど物静かだった。此処まで静かだと、耳を澄ませば自分の心音や、血管の中を駆け巡る血流音も聞こえてくるかもしれない。

 目を凝らして辺りを見渡してみる。だが案の定、視界に入ってくるのは何所までも続いていそうな暗闇だけで、他には何も見えない。ぽっかりと口を開いた底なし闇だけが私を包んでいる。

 にしても、と思う。此処は普通の学校の教室だ。窓なら幾つもあるはずなのに、何故明りが少しも入ってこないのだろう。夜になってはいたが、廊下だって明りは点いていたし、少しでも街からの明りは入るはずだ。

 何だか、此処だけ世界から切り離されてしまった感じだ。

 こんな暗闇の中「彼」は何所へ行ったのだろう。この近くでしたたかに息を殺し、私が立ち去るのを待っているのだろうか? それとも実は外に居て「彼」が戸を閉めたのか? まあ、何にせよ、今のままでは「彼」を探すことが出来ない。

 内心首を傾げながら、蛍光灯のスイッチに向けて伸ばした手を、もう一度伸ばす。

 だが、伸ばした手は、すっと空を切ってしまった。

 あれ、と思いもっと奥へと突き出してみる。だが手は何も触れる事は無かった。何度手を伸ばしても、両腕で周りを探ってもただ空を切るだけだ。すぐ近くにあった壁にすら手は触れ無い。

 急に心臓が高鳴り、嫌な汗が頬を伝っていった。

「ど、どうして……」

 口から出た言葉は掠れていて、言葉尻は蚊の鳴く様なものだった。頭が混乱しているせいか、思考の整理が出来ない。が、それも一瞬の事で、私の頭は悪夢の様な答えを弾き出した。

 出口の消失。私は帰る事が出来ない。

 数秒思考回路が停止する。そんな馬鹿な事、と思いつつもざわざわと腹の底辺りから不安感が這い登ってきた。

「だ、誰かっ、誰かいませんかっ!」

 半狂乱になりかけながら、暗闇に向かって叫んだ。しばらくじっと耳をそばだてたが、物音一つ返ってこない。この場に居るはずの「彼」も沈黙したままだ。本当に居るのかどうか怪しいが。

「…………」

 対流の無い、湿った空気がじっとりと私を包み込む。息苦しい。

 それを振り払う様に頭を振り、ぎこちない動作で何度か深呼吸を繰り返す。幾らか気分が落ち着いた。

「とりあえず……前に進んでみよう」

 歩いていればすぐに何処かの壁にぶつかるだろう。そうすれば、その壁を伝ってその内此処から出る事が出来るはずだ。彼の事はひとまず置いておく事にした。

 ぎゅっと無意識の内に手が握り締められていた。
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