OTHER STORY

□circus in dark forest...
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up 2011.8.11



君は暗い森のサーカスを知っているかい?

それはとても楽しくて
それはとても華やかで

それはとてもおぞましくて…

目にすれば誰もが魅了され
一度見たらもう忘れられない

そしてまた願うのだ…

だけどね 見たら最後

暗い森に閉じ込められてしまうという噂だよ?

それでも見たい?

ならば…さあ寄っといで
寄っといで

暗い森のサーカスの始まりだ…!!


―――…


「この泥棒小僧が!!待ちやがれー!!」


パン屋の親父の罵声と、けたたましい足音が響き渡る。

僕はそれを背に受けて、振り返る事も無く必死に石畳の道を駆け抜けた。

中身の無い右側の袖が、風に靡かれて走りにくいが、それを押さえる事すら時間の無駄だ。

着飾った奴等で嫌に賑わう街の中を、潜り抜ける様に慣れた足取りでひた走る。

長年鍛えた逃げ足に、肥えた親父の足が追い付ける筈も無く、いつの間にか後ろから声は聞こえなくなった。

息を切らして路地裏に入り込むと、木枯しが吹き抜ける。

火照っている今は涼しいが、薄い衣しか身に纏わぬ体には、すぐに痛みに感じた。

見上げた小さな空は、白く淀んでいてまるで惨めな僕を映す様で、憎たらしくて目を反らして歩を進める。

程無くして、陽の光すら当たらぬ。薄汚れた暗い廃墟へと入った所で人影が見えた。

壁に半身を預けて、擦る様に歩くその人影は、僕の姿を見て顔を上げる。


「レン!!おかえり!!」


明るくて可愛らしい高い声に、僕は思わず目を細めた。


「ただいま。リン。」


そう声を掛けると、双子の姉は満面の笑顔を見せながら、僕に手を差し伸ばそうとする。

しかし壁から手を離したせいで、体はバランスを崩し、小さく悲鳴を上げた。

僕は慌てて手を伸ばしたが、左手だけでは支えきれずに、リンはその場に倒れこむ。


「大丈夫か、リン!?」


しゃがみこんで声を掛けると、リンは眉を下げてヘラッと笑う。


「えへへ。またやっちゃった。」


特に痛がる様子も無い表情に、僕もホッと一息肩を落とした。

リンを支える為に手を離したせいで、地面に落とした麻袋を拾い上げる。


「はい。今日のご飯。」


その袋をリンは両手で受けとると、ありがとうと目を細めた。

袋の中にあったのは、あの親父の店から盗み出した2つのパン。

2人で1つパンが食べられるなんて、僕らにしたら贅沢なものだ。

リンはそのパンに噛み付くと、小さな一口を味わう様に、何度も噛み締めてから息を吐く。


「…いつもレンにばかり、無理させちゃってごめんね。」


リンは自らの足元へと視線を向ける。

解れたスカートから覗く足は、一本だけ。

本来ならある筈の右足は、そこには無い。

僕はそんなリンの言葉に、首を横に振って口元を上げた。


「気にするなって言ってるだろ?
こういうのは男の仕事なんだから。」


言いながらリンの頭を撫でてやりたかったが、生憎パンで塞がれてその手が無い。

僕はパンを口でくわえると、態々リンがいる右側に体を捻って、ポンと優しく叩く。

リンが嬉しそうに、眉を下げてまた笑ってくれたので、僕も何だか嬉しくなった。


盗みがよくない事は分かってる。

だけど僕達は、こうでもしないと生きて行けないのだ。

五年前に内戦があった。

僕達は住む家を失い、両親を失い…体の一部を無くした。

リンは左足を…、僕は右腕を…。

一年経たずして終わった内戦後、まるで街は何も無かったかの様に、人々は平和な時間が流れ、笑顔が溢れた。

僕達の様な哀れで、惨めな者など見えないかの様に…。

世から見放された僕らは、苦しみながらも、盗みでも何でもして必死に生きるしかなかった。

それでも歩ける足のある僕は、リンより幾らか良いのだ。

僕よりもその足で立つ事も儘ならないリンの方が、よっぽど苦しいはず。

だからこそ僕は、リンの為に出来る事は出来る限りやりたい。

リンが笑ってくれるだけで、こんな辛い生活の中にも光は射すのだから。



「今日は何だか街が賑かだね?」


割れた窓ガラスの向こうへ、リンが目をやると、数秒前に音だけを放った花火の白い煙が残っていた。


「ああ。…何だか、サーカスがあるとか、街の奴等が言ってたけど…」

「サーカス!?」


僕の言葉が終わるのを待たずにリンは目を丸くすると、歓喜にも似た声を上げる。

しかし直ぐにその表情は曇り、思いを馳せる様にまた空を見上げた。


「そっかー…」


その一言には、隠し切れない色々な気持ちが詰まっているのを感じたが、リンはそれを口には出さなかった。

僕もまたそんなリンの気持ちを思うと、何も言えずに口を紡ぐ。

数秒間の沈黙が訪れ、しかしすぐにそれを打ち破ったのは、リンだった。


「…暗い森なら…」


ポツリと溢れ落ちた言葉に、僕がそちらへ目を向けて、小さく首を傾げる。

リンはそれに気付くと、僕へと視線を移して目を細めた。


「暗い森のサーカスなら、私達にも見れるのにね!」


無理矢理に作った笑顔で、無邪気にそう言うリンの言葉に、僕もまた眉を上げて軽く笑う。


「そうだな。」



『暗い森のサーカス』

それはいつか誰かに聞いた、不思議な伝説。

哀れで貧しい子供達に、ある日招待状が届く。

それは暗い森の奥の奥で開かれる、華やかで楽しい少し変わったサーカスへの誘い。

それを目にした子供達は、苦しい現実へと戻ること無く、暗い森のサーカスの団員になり幸せに暮らす。

―――…という、子供騙しで滑稽なお伽噺だ。

そんな都合のいい話がある訳がない。

そう思いながらも、生きる事に何の希望も見出だせない僕らには、そんな話しすらすがり付きたくなる。

だけどそんな招待状が届く訳も無く、リンの笑顔にも覇気は見えなかった。


「…近くまで、行ってみるか?」

「えっ?」


少し間を置いて問う僕に、リンはキョトンとして首を傾げる。


「サーカス。…外からでも、気分くらいは味わえるかもしれないだろ?」


僕の提案に、リンは目を丸くした後に、満面の笑みを見せて嬉しそうに大きく頷いた。

お伽噺の招待状を待つ何て無駄だから、僕の出来る精一杯でリンを喜ばせたい。

そう、生きていく事しか出来ないのだ。





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