それは本物の、

□不自由な言葉に窒息
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「ねえ、そういえば見た!? さっきの体育、不二くんほんと格好よかった!」

隣で歓声をあげるふみのほっぺはピンク色に染まっていた。
ごめん見てなかった、と返すと、勿体ない!とさも世界が終わるかのような悲鳴をあげた。くるくると忙しいものだ。明るく元気な、それがふみの人に好かれるところ。

打って変わって私はといえば、表情を外に出すことに慣れないおかげか、良く言えばクール、ぶっちゃければお高く止まっている、とかいわれる。

ふみはうっとりと続けた。

「あの爽やかな笑顔で軽々とシュートを決めた姿なんて、もう気絶するかと思った」

気絶するとか言い出すこの子は終始こんな調子だ。
もうクラス中に不二好きだということが知れ渡っている。なのに僻まれないのは偏に人徳の賜物なのだろう。
小さく笑った。

「言い過ぎじゃない?」

「もう、不二くんのことわかってないなあ」

わかってないのはどっちか。恋する乙女は盲目だから仕方ないのだろうと少し可笑しくなった。爽やかな笑顔とか、うける。
同時に心の片隅で音がする。がたり。かたり。かちり、とハマる前にふみは立ち上がった。
誰もいない教室。日誌を書き終えたふみは届けてくると笑って、私を残していなくなった。
後ろ姿は見送れなかった。ごめん、ともう何度も思いすぎて、飲み終わった後の紙パックほどの価値もない安っぽい文句を呟く。量産品みたい。心はそこに籠っているのか分からなかった。もう、慣れすぎて。
ふみは好きだ。私に無いものを沢山その手に抱えてる。
だけど、それ以上に好きなんだから仕方ない。

帰る準備をしようとバッグに手を伸ばすが、それは届く前に制止した。腕を掴んだ手の持ち主は、そのまま空気を引っぱりあげるように私を引き寄せた。

「ねえ、いつまで続けるの?」

耳元の囁き声は低く、柔らかい。そういえばふみはこの声を雪解けのよう、と形容していた。春がやってくるって? それはふみの頭だけ。ふみは好きだけど、ちょっとついていけないのは事実。

「いつまで? 私とふみが友達じゃなくなるまで、じゃない」

嫌な回答の仕方。けど相手は喜ぶ。

「僕と別れるまでって言わないんだね」

ふふ、と思わずといった風に溢れた言葉を耳に染み込ませる。雪解けというよりやっぱり毒のよう。徐々に沁みていって、後戻りが出来なくなる。

「嬉しいよ。あの子より僕を大切に思ってくれてるってこと。当たり前だよね。だって僕たちはあの子と会う前からつき合ってるんだから」

「…友達を裏切ってることに違いはないけど」

「知らないよ。あっちが勝手に惚れたんだ」

喉を鳴らす不二はそのまま私を腕に包もうとした。一歩引くと、もっと面白そうに笑う。私は少しだけ困った顔。不二にだけは伝わる変化に今度は不二が苦笑する。
ふみのことはどうでも良いと、いとも簡単に口にするのに、私に対してだけそう甘いから私は甘えてしまう。

「ガード固いなあ」

「すぐ戻ってくるの。職員室遠いっていったって二十分もかからない」

「仕方ないね。譲歩してあげる。でも夜家遊びに行くからね」

「いいよ」

それじゃあ、とあっさりと教室から出て行った。
ごめんね、と呟く。私のせいで、ふみにも不二にも煮え切らない状況を強いている。
ふみも勿論だけど、不二は特に。私のこの我が儘と一番無関係なのは彼なのに。
ふみか不二かと言われたら多分私は不二を取る。
ただ、ふみを切り捨てられないだけで、全部が全部私一人の浅ましい我が儘だ。

「…ごめん」

声は駆けてくる足音にかき消された。

「ごめん、遅くなった!」

こういうときに鉄面皮と呼ばれるこの表情筋は便利だと思った。

「いいよ、どうせ誰かに呼び止められたんでしょ?」

「そうなんだよね…!」

帰りの準備をさっさと終えると待ち構えているふみの元に向かった。

「じゃ、行こっか」

にっこり微笑んでふみが手を引っ張る。廊下に出ると丁度向こう側から人影が見えた。半ば反射的に目線を下げる。代わりに繋がった手が一瞬跳ねる。

「不二くんだ不二くん!」

きらきらした眸で見上げてきた。ごめんね、今はその眸が見れない。ただ、手の力を僅かに抜いた。それはどちらへの罪悪感なのだろうか。

「不二くん、休憩?」

「もうすぐ終わっちゃうけどね。二人は今から帰るの?」

「うん! 日誌書くのつき合ってもらってたんだ」

「そう。じゃあ、気をつけて帰ってね」

「うん、不二くんも部活頑張って」

「ありがとう」

最後の最後でふと目線を上げると、目があった。ごめんね。もうごめんねの意味もわからない。でも他に免罪符を私は知らない。言わなくても伝わってるんだろう。不二はそのまますれ違った。

「わー! 喋っちゃった!」

興奮するふみとの手は離されていた。その手を独りでぎゅっと握りしめて精一杯笑う。さっきまでの不二の体温が無性に恋しい。それを今手に出来ないのは自業自得以外の何物でもなかった。きっと、顔には上手く表れていないんだろうな。
不二の前以外だと通じる小さな仮面。その裏側はごめんで埋め尽くされているのだ。

「良かったね」

落とした言葉にふみは振り返らずに元気良く頷いてるんるんと歩いていった。
もう帰りに手を繋ぐことは無いだろう。そして振り返っても今不二はいない。



不自由な言葉に窒息
(ごめん、ね)
(ねえ、もうそんな言葉、僕は聞き飽きたんだよ)


 

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