それは本物の、

□時計を亡くしました
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時計を壊したって時間は止まらない。
けれど時間という概念を壊せばきっと世界は止まってくれるんだ。
そしたら永遠がループする。ああ、なんて理想的な結末。その結末さえループして。


「つまんねえ。終わりがあるから今が貴重なんだろ」

俺の独り言に反論した奴の方へ身体を反転させて、浮かんだ単語を口でなぞってみる。

「有終の美?」

「ちょっと違うが…似たようなもんだな」

低く笑ってベッドの上で俺を引き寄せる腕は均整のとれた筋肉を纏っていた。真っ白なシーツが素肌の触れ合いを巧妙に隠して、そこから生じる熱だけが中に籠る。このまま熱に蒸し殺されたら、と詮無きことを想って微かに目笑した。
命を引き換えにして体内時計を止めても、終わりを迎えたら永遠が手に入るのかなんて、夢物語も良いところだ。
そうやって一笑に付すことが可能だったら今頃こいつと肌を合わせていない。
結局のところ結末さえ編み込まれたループの中にぐるぐる巻きになっているのは俺の方だった。
自虐とは違う。自嘲ともずれる。あーあ、と声にならない息が口腔内で凪ぐ頃に、景吾はぽつりと何かを落とした。それは見えない何か。口から飛び出 して、凪ぐこともなくその副声音が耳に届いた。時間差で。

「期限が無かったら俺はお前をこうも愛せなかったかもしれない。前のままだったかもしれねぇ」

その声色はまるで一年前の再現のようだ。景吾の未来が決まった瞬間。俺との未来が消えた瞬間。
彼の婚約者と名乗る少女の冷たい一瞥が俺たちを現実に縫い止めた刹那に、世界の一端が生まれた。
頭では理解してた。不健全な関係の永遠性なんて子供の口約束よりも脆いんだって。
実際景吾の昔の態度は酷かった。大事のだの字もない扱いだった。慣らされもしないで突っ込まれたことが何度あったか。いわば性欲処理。都合の良い後腐れの無い相手。それが半年も続けば大抵の奴が耐え切れずに去っていくだろうに。
なのに一方的にしがみついていた理由は一つしかない。

「でも俺はずっと景吾の傍にいれる自信あったし」

昔から違えなかった想いを吐き出すと景吾は更に強引に腕を俺の背中に押し付けた。皮膚がぴっとりくっつく。汗が接着剤だったらどんなに愉快だったろうと醒めた思考で褪めた夢を描く。これも一種の夢物語。盲目の時は溢れんばかりに過ぎていく。時計の針は回っていく。

「―――俺は無理だったろうな。お前を蔑ろにして、そうして愛じゃない醜い欲だけが残ってた」

「それでもずっと一緒なんだろ」

「愛はなくても執着はあったからな」

「だったら構わなかったのに」

「お前はそういう奴だったな…」

呆れたような声色は震えている。
後悔してる? けどそんなことに時間を割いてる余裕は無いだろ。リミットは学生時代だ。青い春が終わる頃。何回残されているのか。何度往復して何度ループして、針が何回回るのか。それ以降、もう夢を夢として見ることもなくなる。
潤みもしない眸に顔を近づけて、驚いたように見開いた瞼が落ちた直後に唇を押し付けた。せめて今だけは良い夢を、と願ってもきっと罰は当たらないだろうと。
遠ざかると、何だか照れてそっぽを向く景吾がいた。

「明日部活あるんだから寝ようぜ。寝不足でサーブミスしたら笑ってやる」

「……上等じゃねえか」

挑戦的な顔で口元を上げた景吾に、俺様、と軽口を叩いて瞼を閉じる。
景吾の熱が一瞬そこに触れて離れていった。仕返しのつもりかよ。意地でも目を開けてやるものか。

明日が来るまでに巡る針を数える。それが合ってるかはわからない。
だってここには時計が無い。



時計を亡くしました
(目隠しした場所で回り続けてるって知っているけれど)

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