ツインソウル


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「よし・・・・じゃあ、 こうしよう」と、 ハリーが提案。




「同時に切ろう」

「うん、 いいよ。 わかった。
じゃあ・・・・せーの、 でね」

「オッケー」

「「せーの!」」




名残惜しさと甘酸っぱい切なさを抱きながら、 ふたりは同時に電話を切る。




「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」




同じ瞬間、 べつべつの国で、 だけど同じように、
ふたりはしばらく受話器の向こう側から聞こえてくる電子音を聞いていた。

自分でもわかるくらいに笑顔なのに、 幸せに感じているのに、 なんだかさびしい。








とある昼下がり、 マリコは台所からビール瓶に似ている、
茶色い瓶に白と青のラベルが巻かれたものを冷蔵庫からだした。
食器棚から適当なグラスも選ぶ。 ふたつ。
自分の分と、 縁側に腰かけてくつろぐセツコの分。




「おばあちゃーん、 お待たせ。 はい、 カルピスでいいでしょ?」




なにか冷たいものが飲みたいとセツコがつぶやいたので、
マリコは冷やしておいたカルピスを思いだしたのだった。




「なぁーんでもいいよ。 ありがとね」




グラスをひとつ、 セツコに手渡し、 マリコもその隣に腰を下ろした。

時折揺れる風鈴が涼しげな音を運ぶ。
部屋と部屋を仕切る開け放たれた襖には、 扇風機が静かに風を送っていた。
蝉の鳴き声しか聞こえない、 静かで、 平和な昼下がりだ。




「カルピスの薄さ、 どう?」

「うーん・・・・ちょっと濃いけど、 おいしい」




カルピスをひとくち飲み、 セツコは笑う。
氷が入ったグラスを両手で包みこみ、 それを膝の上に乗せる。

薄めて飲むのは結構難しいものかもしれないと、 マリコは苦笑いしながら
なみなみと入ったカルピスをひとくち飲んだ。
たしかに、 濃い。 濃すぎた。
こってりと甘く、 だけどひんやりと、 するりと喉を通り過ぎてゆく。




「あー・・・・、 平和だねえ」




セツコはひとりごとのようにぽつりと言う。
マリコは特に返事をしなかった。
だけど、 同意だった。




「・・・・戦争中は・・・・、 こんなカルピスどころか水だって貴重だったし、
食べるものもなかったからねえ・・・・」




マリコはグラスに口をつけたまま、 視線だけを横に流した。
“また”だ。 と、 思ったのだ。
セツコはときどき、 ふとした瞬間、 数十年前の戦争のことを語るのだ。

マリコが小さい頃から、 セツコはよく戦争のことを語った。
街が一面焼け野原になったこと。 長時間、 死の恐怖と隣合わせで防空壕に隠れていたこと。
大勢のひとが死んだこと。 食べるものはなく、 むしり取った雑草を口に含んで飢えを凌いだと言うこと。
どこの家も男のひとはみんな、 戦場に向かっていったことを______




「あのときは・・・・・・ちょうど、 マリコくらいの若い頃だったよ」




ちびちびとカルピスを飲むマリコの姿を通して、 セツコは若き日の自分を思いだしていた。
セツコの目には、 脳裏には、 黒髪をお下げにし、 もんぺを履いた、
マリコに似ているけれど、 どこか違う昭和初期の少女の姿______。




「・・・・おじいちゃんは? おじいちゃんは若いとき、 どんな感じのひとだったの?」




セツコの話し、 あとは小学校の授業で戦時中の日本のことは大体理解していた。
だけど、 昔のタケオのことについてマリコは知らなかった。
ずっと気になっていたのだ。




「おじいちゃんはねえ・・・・、」




セツコは目を細める。
視線はタケオが今、 籠っているアトリエ(上の家)にあった______。

タケオとセツコは、 幼い頃から近所に住んでいて仲が良く、 
一緒に遊んだりもしたらしい。
言わば幼なじみだ。

タケオは若い頃から正義感が強く、 真面目な少年だった。
そんな性格の持ち主に当然、 セツコは惹かれた。
タケオもまた、 幼い頃から一緒だった、 徐々に美しくなってゆくセツコに惹かれていた。

だけど、 いつの時代も、 誰しも、 なかなか恋心に素直にはなれないらしい。
徐々に歳を重ね、 大人へと近づくふたりは一緒にいることも
会うことすらもなくなっていった。




「思春期のはじまりだったから」と、 今ではセツコはそう笑い飛ばす。




お互いに、 張らなくてもいい変な意地を張り合っていたのだ。

それでもお互いのなかに芽生えた恋心、 
意地っ張りなふたりは精いっぱいの努力で再び歩み寄ったらしい。




「そのキッカケは? なに?」




マリコが興味津々で聞いても、 セツコは話しをぼかして教えてはくれなかった。
ふたりだけの甘酸っぱい大事な思いでだからだろう。
だからきっと、 可愛い孫娘にさえも秘密にしたのだ。

また、 昔のような仲のいい関係になれても
それ以上先にふたりが進むことはなかった。
セツコがホグワーツへ入学することになったからだ。

タケオと会えるのは多くても一年に三回だけだったとか。

それでも、 タケオとセツコはその瞬間を心から待ち侘びていた。
会ったら会ったで、 照れ臭さが邪魔してろくに言葉も交わせなかったけれど
それはそれでその瞬間がたまらなく幸せだったらしい。




「それで? 好きってどっちから告白したの!?」




マリコは身を乗りだす勢いでセツコに尋ねる。
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