ツインソウル
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10 赤い電話ボックスから愛をこめて
1994年の7月31日のロンドン。 正午________。
ハリーは赤い電話ボックスの扉に寄りかかり、
受話器を片手にワオと驚きの声を上げた。
「じゃあ僕たち、 同級生だった両親たちの元に、 同じ年の同じ日に生まれたってことだ」
「うん、 そう言うことになるみたい」
ハリーは笑う。 くつくつと。
声しか聞こえないにも関わらず、 ハリーは今、 マリコがどんな顔をして受話器を手にしているのかがわかる。
きっと、
照れ臭そうに俯きがちで、 でも、 そっとほほ笑んでいるに違いない。
普段は気が強く、 不機嫌そうな顔をしているマリコだけど
彼女はすぐ照れる。 実はとてもシャイな部分があると言うこと。
ハリーはそれを誰よりもよく知っているのだ。
「僕たち、 ひょっとして・・・・・・運命に導かれて出逢ったのかな?」
数秒の沈黙が流れた。
自分で言っておきながら、 なんて臭いキザなセリフだろう。
なに言ってんの? バッカじゃないの?
そう言われるだろうとわかっていたけれど、 あえてハリーはそれを言葉にした。
自分がおどける。 マリコがそれを笑い飛ばしてくれるのすら愛おしい瞬間だからだ。
だけど、 いくらなんでもこのセリフはキザすぎただろうか・・・・・・。
「・・・・うん。 そうだったらいいなあ・・・・なーんてね」
「・・・・・・・・」
なんだか不意を突かれたような感じだ。
うっとりとしたため息混じりに、 マリコがそんなことを言うものだから______。
「自分で言っておいて、 なんでアンタが黙るわけ?」
たちまちムッとした声が返ってくる。
「え? あ、 ご、 ごめん・・・・・・まさか、 そんな風に言ってくれると思わなくて・・・・」
「・・・・じゃあ聞くけど、 なんて言うと思ってたの?」
「うーん・・・・、」
受話器を持ち上げた肩と耳元で固定して、 ハリーはジーンズのポケットに手を突っこんだ。
「バーカって。 そんな風に笑われるかなって」
「・・・・バカ」
そのひとことを電話越しに聞きながら、 ハリーはそっと目を閉じた。
バカ。
マリコがハリーにそう言うときの顔が、 ハリーは大好きなのだ。
思わず抱きしめてしまいたくなるくらいに。
ほんの少し困ったように笑いながら言うものだから、 余計にそれは甘く静かに響く。
「十四歳、 おめでとう」
ハリーは目を開き、 電話機をまっすぐに見つめながら言う。
この受話器が、 このコードが、 この電話機が、 イギリスにいる自分とマリコを繋ぐ
ちっぽけな機械。
嬉しい反面、 感じる不思議なもどかしさ。
「ありがとう」
「ら、 来年は・・・・」
ハリーの声が上擦る。
「____え?」
「来年は・・・・一緒にいて、 同じ場所で祝いたいな」
「・・・・うん!」
そして、 ハリーは心のなかで大きくガッツポーズを決めた。
ああ、 誕生日と言うのはこんなにも幸せな気持ちになれるものなのか______!
「ねえ、 ハリー。 そっちは今、 何時くらいなの?」
「ちょうど昼。 このあと適当にランチ」
「そっか。 時差が八時間くらいだもんね・・・・。
あ、 このあいだ送ったハムとか缶詰めはまだある?」
「ああ。 大丈夫。 それに、 ロンたちから誕生日ケーキももらったし
ワールドカップまで飢えることもなさそうだよ」
「そう・・・・」
なんだかマリコの声が暗くなってしまった気がして、
ハリーは慌ててべつの話題を引っぱりだす。
「日本の方が時間が進んでるんだよね? もう夜?」
「え? あ、 うん・・・・。 もう少ししたらお風呂に入ろうかなって」
「そ、 そっか________」
お風呂________。
もちろん、 十四歳の健康な男子がそれで想像するなんてことは無理もない。
「あっ、 ねえ! 通話料、 高くなっちゃうでしょ?
そろそろ切ろうか・・・・?」
「・・・・いや、 そんなことないよ。 気にしないで」
「ごめん・・・・ハリー、 さっきから家族がじろじろ見てくるの。
もお、 やんなっちゃう・・・・!」
「男と話してるって・・・・バレバレ?」
「・・・・そう、 かも・・・・」
ハリーは苦笑いした。
「じゃあまた、 改めてかけるよ。
少しでもいいから声が聞きたかったんだ」
「ん・・・・ごめんね。 私も。 声が聞けて嬉しかったよ。
次も電話、 できるだけ私が取れるようにするから」
「ああ。 わかった。 じゃあ______」
「うん。 じゃあ、 またね______」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
だけど、 電話は切れない。
「なによ? 切らないの?」
「マリコこそ。 切らないのか?」
「切るもん」
「切ってよ」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
だけど、 やっぱり電話は切れない。
なんだかばかばかしくて、 おかしくて、 ふたりは同時に笑い声を上げる。