ドリーマーへ30題


22.ため息(幸村精市)
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幸せを逃がさないで





美化委員に就任した幸村は『花いっぱい運動』を推進した。
それは幸村自身が植物を育て愛でることが好きだからと言う理由もあるけれど、
緑や花でいっぱいの校内は美しいし素敵なことだと思うからだ。



「花いっぱい運動のね、 強力な助っ人を見つけたの!」



委員会会議の後、 美化委員担当の教師(夏海先生と言う、 三・四十代の優しくて茶目っ気のある女性教師だ。)は
幸村の肩を叩き満面の笑みを浮かべる。



「本当ですか先生! それで……その強力な助っ人とは誰ですか?」



夏海先生はうふふと笑い、 幸村に強力な助っ人とやらの名前とクラスを教えてくれた。

3年B組 園田美咲______

B組と言うと仁王や丸井と同じクラスと言うことしかわからない。
「今日はもう帰っちゃったと思うからまた近いうちに紹介するわね!」
夏海先生はそこまでしか教えてくれなかった。

______園田さん……か。 どんなこなんだろう……。

少し、 気になる。

結局、 花いっぱい運動の強力な助っ人はその後三日間わからないままだった。
夏海先生に急な出張が入ってしまったと言うこともあったし、 幸村自身もテニスの練習に勤しんでいたからだ。
三日めの放課後、 いつものようにテニスコートへと向かう。
いつもと同じ廊下、 いつもと同じ校舎の賑やかさ。
全てがいつもと同じだった。 たったひとつを除いては______……

花壇に目をやる。 前よりも花が色鮮やかで美しく感じる。
早速、 花いっぱい運動の効果が出ているのだろうか……あの花壇に誰かが花を植えてくれたのだ。
幸村は思わず息を呑んで足を止めた。
うっかりラケットの入ったバッグを落としそうになってしまい、 腕に力をこめる。
花壇を見つめる人物が幸村以外にもうひとり、 いた。
誰なのか名前すらわからない。 彼女は如雨露を手にしている。
そっと見つめる幸村。
同じ学年だろうか……そんな考えを巡らせていると、 視線を感じたのか彼女が振り向いた。
日差しが彼女の長い髪を茶色く光らせ、 静かな風が幸村の髪と彼女の髪、 制服のスカートを揺らす。
数メートルの距離で重なった視線。
彼女は花壇に咲く花を優しい静かな笑みで見つめていたけれど、
幸村と目が合うと目を丸くしたまま瞬きすらしなかった。
先にアクションを起こしたのは幸村だ。
何かを言葉にする代わりに笑顔を浮かべて見せた。
だけど彼女からは何も返ってこなかった。
くるりと背を向けられただけ______。







「君が夏海先生の言う協力な助っ人の園田さんだったんだね。 よろしく!
俺はC組の幸村」

「よろしく……お願いします」



数日後、 ふたりは再び対面した。
そして美咲は夏海先生の頼みを簡単に受けてしまったことを少しだけ後悔。
“あの”テニス部の”あの”誰からも一目置かれていて、どの学年の女子たちからも思いを寄せられている
“あの”幸村精市と、 一緒に『花いっぱい運動』の活動だなんて______
なんだか少し恐れ多い気がする。
思わずこぼれ落ちる不安と緊張のため息。

だけどそんなもやもやとした感情を抱いたのは最初のうちだけだった。
元々は植物の世話が好きだからと言うことと、
帰宅部で放課後の時間はいくらでも有り余っていたからと言うことと、
美化委員ではないけれど夏海先生の手伝い感覚で始めた植物の世話。
幸村も同じように植物が好きだからこそ、 共有できると言うのはとても嬉しくて楽しいことだった。



「屋上庭園にまだスペースがあるんだけど、 園田さんだったら何を植えたい?」



つい最近まではお互い、 校内ですれ違ったとしても目すら合わさなかったのに
今では廊下や花壇の前などで笑顔で語り合う仲。



「わたしだったら……」



この日は自販機でジュースを買おうとしたときにばったり会った延長線上のベンチでだった。
ひとつのベンチを真ん中だけあけて並んで座る。
美咲は見慣れた屋上庭園を思い浮かべ、 数秒間だけ考えた。



「ひまわりなんてどうかな?」

「……ひまわり?」

「そう! ひまわりっ! 今から種を植えればちょうど夏に間に合うと思うんだ。
それに、屋上庭園は日当たりがいいしよく育ちそうじゃない?」



ふたりは太陽に向かってまっすぐに伸びるひまわりを思い浮かべる。
眩しい日差し、 夏にぴったりの黄色い花びら、 太陽のような花______



「ひまわりか……ナイスアイディアだね。 早速近いうちにふたりで植えよう」



美咲の提案に幸村は速攻大賛成だった。
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