春色パステル


【第三弾 観月はじめ編】
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前途多難



元はと言えば、 ささいなことではじまった口げんかだった。
はじめ君はオーバーなため息をつく。
欧米人風に例えるなら「Oh no!」とか「Oh my god!」と言う風に。




「あなたみたいな人がマネージャーだと部員たちに悪影響ですね・・・・」

「・・・・じゃあいいよ。 あたし、 今日限りでマネージャーなんて辞めてやる!」

「あ、 ちょっと・・・・お待ちなさい! 話しはまだ・・・・」




ああ、 なんてムカつく人なんだろう。
部室を飛びだすと、 前に進むことがやっとなくらいの強い風が吹いていた。
ばたばたと激しく打ちつける雨粒が頬にぶつかる。
そう言えば朝の天気予報で注意報がでてたっけと思いだす。
春だと言うのに空は灰色に濁っているし、 
桜の木の枝はぽきっと折れてもおかしくないくらいに激しく揺れている。
春とは思えない嵐のような天気だ。




______寮に帰ろう・・・・




両足に力をこめて歩きながらも今、 寮に帰ってもみんなは、 
部活だったり委員会で誰もいないはずだと気づく。
こんな風に、 もやもやいらいらした気分のときは
お菓子を食べながら友だちとのおしゃべりが一番なんだろうけれど・・・・
仕方ない。

テニス部の部室に戻る気なんかないし、 
みんなが寮に帰ってくるまで時間を潰すことにしよう。
その時間潰しに最適であろう校内にある教会へと足を向ける。

強風のせいでいつもよりも扉が重たく感じた。
片手でドアを開けることができない。
強風と雨のせいで額や頬にまとわりつくうざったい髪をかき上げて
あたしは、 両手に力をこめてドアを開けた。
素早く開いたドアの向こう側に体を滑りこませる。
開けるのも大変だったけれど、 閉めるのも大変だ。
広げた両手に全体重をかけるように分厚いドアをぐいぐいと押すと
風の音がひゅっ、 と笛のように鳴った。
どうにかこうにかドアを閉められたことに安堵して、
そのドアに寄りかかったまま、 乱れに乱れすぎた髪を撫でつける。

ふぅ・・・・と、 ため息がこぼれ落ちた。

はじめ君にむかむかしているあたしの気持ちと、
外は大荒れのお天気。

だけどこの場所は異世界のようだ。
時おり、 ひゅうひゅうと風が吹く音が聞こえること以外を除けば
ここは静寂に包まれた空間。
たくさん並ぶ木の香りがする椅子だとか、 誰か灯したのかもわからない蝋燭の灯り。
教会のなかの小さな光を全て吸収して輝くステンドグラス・・・・・・
それら全ての要素が醸しだす心地いい静寂______、

はじめ君との口げんかで
荒みかけた気持ちが穏やかに洗われるような________。




「・・・・・・・・なさい」

「・・・・・・・・」

「さあ、 起きなさい。
こんなところで寝ていては風邪をひいてしまいますよ?」

「・・・・・・え?」




適当な場所に座ってステンドグラスをぼんやり眺めていてからの記憶が・・・・・・ない。
まるで、 大人がお酒に酔ったときの言い訳のように。




「やっと起きましたね、 ねぼすけさん」




「んふっ」なんて笑い方。 それに、 この声______




「はじめ君!? ・・・・何でここにいるのっ!?」

「・・・・それはこっちの台詞です。 探したんですよ。
寮に行ってもまだ帰ってないとあなたの友達が言ってたものですからね・・・・」

「・・・・え!? ってことは、 あたし・・・・そんなに長いことここで居眠りしてたの!?」




はじめ君は、 ため息と共に心底呆れたような顔をした。




「心配したんですよ・・・・”あれから”部室にも戻ってこないし、 寮にも帰ってない。
校内のどこにもいないし・・・・まさかと思ってここをのぞいてよかったですよ、 全く」

「へーえ・・・・」

「ほらほら、 何ですかその顔は・・・・まだ怒ってるんですか?」

「だったらどうだって言うの?」




はじめ君は、 またもため息をこぼした。
今度はもっと長く、 深いため息だ。




「あなたが怒るのも無理ありませんね・・・・。
さっきは僕が言いすぎましたし・・・・ごめんなさい」

「・・・・・・・・」




驚き。
あのプライドのお高いはじめ君が素直に謝るなんて______。

なんだか拍子抜けしてしまう。




「僕のこと・・・・許していただけますか?」

「・・・・この先、 はじめ君があたしにがみがみ言わなければ・・・・
許してあげる」

「それは無理ですね」




そうしてまたはじめ君は笑う。 「んふっ」と。




「じゃ、 じゃあ、 何で謝るの!?
本当は最初から謝る気なんかなかったんでしょ?」

「いえ、 謝罪の気持ちはあります。 これは事実です」

「じゃあ、 どうして______」

「僕は・・・・あなたを放ってはおけないんですよ。
目が離せなくて・・・・ついつい世話を焼いてしまう・・・・」

「・・・・何で?」

「わかりませんか・・・・? いいでしょう。
もっとわかりやすく言うと・・・・僕は、 どうしてもあなたを見つめてしまうんです」

「・・・・・・」




ここまで言えば、 鈍感なあなたもわかるでしょうと言い放ち
はじめ君は立ち上がった。
誰もいない薄暗い教会のなか、 はじめ君の足音だけがやけに響く。




「・・・・ちょっと、 待ちなさいよ!」




はじめ君を追いかけて教会を飛びだすと、 嵐は既に止んでいた。
空は綺麗に洗われたように光輝いていて、 夕焼けがいつもよりまぶしく感じる。
そのまぶしさのなかに、 はじめ君の後ろ姿______

まぶしい。 どきどきする。 胸が締めつけられる。

あたしは胸に手をあてて立ち止まった。
はじめ君はゆっくりとふり返る。




「ね、 ねえ、 はじめ君・・・・? まさか、 さっきにあたしに・・・・・・」




どぎまぎしたままのあたしは、 唇を指先でなぞる。
はじめ君は、 そっと笑っている。

ああ、 どうしよう。

何だか色々手遅れだ。



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