それぞれのSweet day's
□【第五弾 仁王雅治と柳生比呂士編】
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【第五弾 仁王雅治と柳生比呂士編】
黄昏にふたつの恋
部活を終えた彼女は、 オレンジとピンク色のコントラストが織り成す夕焼けを見つめながら歩く。
廊下にある窓からは黄昏の光がスポットライトのように降り注いでいて
何かを思う彼女の横顔をそっと、 照らしていた。
「探しましたよ。 こんなところにいたんですね」
黄昏の光はもうひとつの影をも照らしていた。
__紳士__柳生比呂士だ。
彼が突然、 目の前に現れたことによって、 彼女の頬は夕焼けのように染まる。
「柳生君・・・・!?」
驚く彼女に対し、 柳生は冷静。
「よかった・・・・。 もう帰ってしまったのかと思いましたよ」
「これから帰るところなんだけど・・・・どうかしたの?」
「あなたにどうしても伝えておきたいことがありましてね」
柳生はそっとほほ笑む。
「・・・・伝えておきたいこと?」
ドギマギ。 彼女は鸚鵡返し。
ふたりが向かい合って立つ空間を埋めるように柳生は歩み寄り、
彼女との距離を縮めた。
そのまま彼女を抱きしめてしまう。
強張る華奢な体をそっと、 包みこむように抱きしめながら、 柳生は彼女の耳元でささやく。
「バレンタインのチョコレート、 おいしかったですよ。 ありがとうございます。
とても嬉しかったです・・・・。
心から愛しく思うあなたに、 そのことを伝えたくて・・・・」
「・・・・愛しく・・・・?」
柳生の腕の中で彼女の肩がぴくりと動く。
澄んだ瞳が柳生を見上げる。
その瞳は、 驚きに続き歓喜の色に染まり始めた。
「ええ」
柳生はゆっくりと頷く。
そして、 甘く優しく彼女の名前をささやくのだ。
彼女は幸せに満ちた表情で、 うっとりと柳生の胸に頬をすり寄せた。
「・・・・好いとうよ」
"好いとうよ。"
柳生の腕の中で、 ついさっきまでうっとりとしていた彼女の全身が強張った。
彼女を抱きしめる柳生も強張っている。
彼女は柳生の腕の中からするりと抜け出して、 柳生をじっと見つめた。
「・・・・・・・・」
柳生は何も言わず、 黙ったままだ。
彼女は子どもが仕掛けた悪戯を叱るように言う。
「あなた・・・・柳生君じゃないでしょ」
「何故です・・・・?」
彼女はバカねと笑う。 それでイリュージョンしたつもりなの? と。
「柳生君は"好いとうよ。" なんて言い方しないもん。
それに・・・・、」
彼女は自分の口元を指さして、 「ここにホクロなんてないでしょ?」
「・・・・バレちゃあしょうがねえのう」
柳生が脱力したように笑う。
魔法を解くようにして柳生比呂士の中から現れたのは仁王雅治だった。
「仁王・・・・! どう言うつもり?」
「なあーに。 ちょっとおまえさんに悪戯を仕掛けてみただけじゃき。
気づくかどうかをな」
「バレッバレ!」
「そうかそうか・・・・毎日見つめる好きな男のことは何でもお見通し。 か」
「べ、 別に・・・・お見通しってわけじゃないけど・・・・」
そうやって彼女が動揺するたび、 仁王は切なくなる。
胸を締めつけられるように切なくてたまらなくなる。
彼女は当然、 それを知らない。
「でも、ま・・・・好きであることに変わりないじゃろ」
彼女は顔を真っ赤にして俯く。
彼女は柳生を思い、 鼓動が高鳴り、 切なくてたまらなくなる。
仁王は当然、 それを知っている。
「・・・・委員会の集まりがあったし、 柳生もまだ学校に残っとるはずじゃき。
きっと、 おまえさんのことを待っとるはずじゃ。
行ってやりんしゃい」
それを聞いて彼女の笑顔が輝く。
仁王は柳生の元へ向かうであろう彼女の後ろ姿を見送る。
そして、 彼女の姿を見つけた瞬間の柳生を思い浮かべた。
柳生もまた、 誰もいなくなった教室でそっと彼女を抱きしめるのだろうか。
黄昏の光は、 切なげな仁王の横顔を照らす。
______ほんの一時のイリュージョンでもいい。
俺が何度、 おまえさんになれたらと思ったか知らんじゃろ?
なあ、 柳生よ。
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