楔〜恋人岬〜


□†第4章:想いが弾ける刹那に
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第4章

想いが弾ける刹那に

〜遠いキオク〜








「部長〜!お待たせしましたー!」






一人、公園のベンチに座り
ぼんやりと噴水を眺めていると、無邪気な声が
手塚を呼ぶ。
南が、すぐそばのタリーズコーヒーから
ふたつのカップを手にして駆け寄って来た。
南は、30センチほどの間隔をあけて手塚の隣に腰をおろす。
「はい、どうぞ」と、カフェラテの入ったカップを差し出した。
すかさず、彼は学ランのポケットから財布を引っ張り出し
千円札を南に手渡そうとするが・・・・









「だーかーらー、私におごらせて下さいってば!」








南は、頬を膨らませて
それを拒む。






「しかしな・・・、やはり
後輩におごらせるわけには・・・。」






と、眉間にシワを刻む手塚。





「だって、私
部長の壊した眼鏡の修理代だって、弁償してないんですよ?」







と、珊瑚色の唇をすぼめて
ロイヤルミルクティーを飲む南。







「おまえが、壊したわけではないだろ。
気にするな。」

「でも・・・、」






南は、俯き
プラスチックカップを両手で包みこんだ。
氷のひんやりとした感触が、手の平にじんわり伝わってくる。







「・・・・・・・。」








手塚は、大きく息を吐き
財布を学ランのポケットにしまい「大和・・・」と
甘いテノールで囁いた。






「・・・部長。
本当にすいませんでした。私・・・、」






やっと、南は顔を上げた。
傷ついた小鹿のように、大きな瞳を揺らしながら。






「だから、謝るな。
俺は、おまえが悪いなど全く思っていない。
むしろ・・・
おまえが無事で良かった・・・。」

「・・・・・・・・。」

「では、このコーヒー代。
今回だけ、ありがたくご馳走になるとしよう。
それで、お互い貸し借りなし。
・・・いいだろ?」










手塚のその言葉で、南は
ようやく納得したようだ。
微笑んで、大きく頷く。






それから、二人に
会話らしい会話は、ほとんどなかったけれど
少し距離を置いて隣に座ったまま
噴水の涼しげな水しぶきの音に、耳を傾けていた。









「部長・・・?」







カップの中のロイヤルミルクティーを半分まで飲み終えた
南が、ぽつりと沈黙を破った。








「・・・何だ?」






手塚は、視線を隣に座る南へと流す。
南は、悪戯っぽく(どこか、リョーマに似ている)笑うと
腰を浮かせて、お互いの距離を縮めた。
30センチほどあった二人の距離は、いまや
今にもくっついてしまいそうなほどだ。










「素顔の部長って、すごく素敵なんですね・・・。」

「・・・・・・!?」







柔らかなアルトで、そう囁かれ
鼓動が高鳴らないわけがない。
おまけに、こんなにもお互い至近距離にいるのだ。







「でも、眼鏡してる部長も素敵なんですけどね・・・。
その眼鏡してると、ああ。部長だな〜・・・って思うんです。
私だけかもしれませんけどね。」







と、南は
白い歯をのぞかせて無邪気に笑う。







「俺に眼鏡は似合わないか?」

「え?あ、違うんです。
そう言うつもりで言ったんじゃないですよぉ!
何て言うかそのー・・・眼鏡は部長のトレードマークみたいだなって。」








トレードマーク・・・?






「何だ、それは・・・。
俺は、ただ視力が悪いから眼鏡をしているだけだぞ?」







思わず、くつくつ笑ってしまった手塚。
彼の笑顔は、テニス部員ですら滅多にお目にかかれない。







「コンタクトはしないんですか?
私は、入れるの痛そうに見ますけど・・・」

「いや、あまり痛くはない。
一時期は俺もコンタクトをしたことがあったのだが
どうも合わなくてな。」
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