楔〜恋人岬〜


□†第3章:沈黙後の言葉
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見上げれば首も目もくたびれそうな、大きな屋敷。
高い塀、高い門の分厚い扉。
この屋敷の目の前まで来るのは、今日で二度目だった。
(一度目は、プルメリアを送り届ける為だ。)







「・・・ん?貴様、何の用だ?」






門番であろう、口髭を生やした男は
クニッツとセラフィーナを一瞥して、小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。






「いや、別に・・・
特に用はない。」

「・・・だったら、さっさと行きな。」






門番の男は、芋虫のようにずんぐりした指を突き出すと
まるで虫でも追い払うかのようにした。
「シッシッ」と。







「言われなくてもそうする。」






と、涼しげな顔でかわすクニッツ。
長い前髪がセラフィーナの歩調に合わせて揺れている。
「生意気なガキめ!」と、背後で門番が毒を吐いていたが
そんなことは、知らんぷりだ。
“ああ言う部類の人間”・・・つまり、貴族に仕える者は
自分の地位が高いと勝手に思い込み
貧しい者に対して、偉そうなことを言うのだ。
言いたいように言わせておけばいい。








___________何で、また俺は・・・







深くため息をつきながら、たづなを握る。
今夜の寝床を探すつもりで
愛馬に跨りながら歩きまわっていたつもりだったのに
プルメリアのことばかり思っていたせいか
無意識のうちに再び、屋敷に向っていたなんて・・・。








「・・・・・・・。」





クニッツは、先ほど
自分の手から、すり抜けて飛んで行ったプルメリアの花を思い出した。









「俺には、高嶺の花・・・か。」






パカパカと、ひづめがリズミカルな音をたてている。
しかし、そんな音がかき消されるくらいの声が
クニッツを呼びとめた。








「クニッツ様、クニッツ様ですよね?」










___________まさか・・・プルメリア王女!?







いや、違う。
その声は、どこかしゃがれているし
王女であるプルメリアが、クニッツを「様」付けして
呼ぶはずがなかった。





「ん・・・?」






名前を呼ばれて、あたりを見回してみた。
・・・が、
村人たちの賑やかな声が響くせいで
もう、何も聞こえない。










___________気のせい・・・か。






一旦は、馬を止めて辺りを見回したが
再び、たづなを握りセラフィーナを歩かせた。







「お、お待ち下さいな・・・。」

「・・・・!?」







気のせいではなかったようだ。
クニッツのブーツに手を置き、老婆が息も絶え絶えに
「クニッツ様なのですね?」と
うわごとのように、繰り返す。







「そうですが・・・。」





一体、何故
この老婆は、自分の名前を知っているのだろうか。
ここの村に住んでいるわけでもないのに・・・。
クニッツは、馬を止めた。





「どうして、僕をご存知なのですか?」





老婆は、自分が呼び止めた青年がクニッツだと言う真実を
確信したかのように、にんまりと笑う。
笑うと、顔はたちまちシワくちゃになるのに
どこか愛嬌があった。
その顔に浮かぶシワの数が、長い人生を物語っているようだ。







「その白いお肌、茶色い髪、白いシャツ、藍色のズボン
黒のブーツ、白馬に跨ったお方・・・”お嬢様”の言う通り
あなたが、クニッツ様でよかったよかった・・・。」






____________お嬢様・・・?






「あの・・・、」

「もう、あちこち探しましたよ。
ああ・・・嫌ぁねぇ・・・もう歳で私、腰と膝が痛いと言うのに
お嬢様が、どうしてもあなたをお探しして欲しいと申しましてね・・・。」

「あの・・・、すみませんが・・・」






クニッツが、怪訝そうな顔をしても
老婆は、なおも喋る。喋って喋って喋りまくる勢いだ。






「年寄り相手だと言うのに、お嬢様ってば
わがまま言って、どうしてもクニッツ様を・・・とね・・・、」

「・・・・・・。」






クニッツが唖然としている様を見て、ここでやっと
老婆は「あら、まぁ」と、口をすぼめ
お喋りをストップ。





「申し遅れましたね・・・私
プルメリア様の乳母でございますの。」





______________!?






「プルメリア・・・王女の、乳母・・・ですか?」

「ええ、ええ。そうですとも。
お嬢様が、どうしても自分を助けて下すった
クニッツ様と言うお方を見つけたいと、仰ってたんです。」

「・・・・・!?」








____________プルメリア王女が・・・俺を!?








だとしたら、プルメリアも
自分に会いたがってくれてる・・・と、言うことなのだろうか。
そう考えると、クニッツの胸の奥が熱くなった。
甘酸っぱい気持ちがこみ上げ、叫びたくなるような・・・そんな気持ちが。
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