夢小説 ATTACK ON TITAN
□愛憎プフェーアト
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食堂でのジャンと母親の対面は、 訓練兵全員の注目を集めた。
「ジャンボ、 あんたなんで家に帰って来ないんだい? ワグナーさんとこのトーマスちゃんはちゃんと顔を出してたよ。
まったく、 困った子だよ。
その服、 スープでもこぼしたのかい? しょうがないねえ」
ジャンボ。 母親は、 息子のことをジャンボと呼ぶ。
ついさっき、 コップをひっくり返して濡れたズボンを母親がハンカチで拭った。
<ジャンボ?>
<ジャンボ>
<ジャンボって何?>
声を潜め、 何人かが可笑しそうにくすくすと笑う。
ジャンは屈辱に耐えるかのように顔を真っ赤にした。
「やめろよ!」
ジャンが怒鳴り、 母の手を振り払っても、 慣れているのか気にすることもない様子だ。
「だってジャンボ……」
「……いいから! 早く帰れよ!」
母親は、 しょうがないわねえとでも言いたげな顔になる。
エレンとミカサとエミリと目が合った。
「あのこれ、 よろしかったら皆さんで______」
籠から出したりんごをテーブルに並べると、 いいってそんなの!とジャンは怒鳴りながら床に払い落とした。
あーあと誰かの声が上がる。
「お、 おい!」
エレンが床に転がったりんごを拾い集めた。
ミカサとエミリは無表情でキルシュタイン親子を見つめている。
「これ、 ジャンボ! ……皆さん、 出来の悪い息子ですが、 どうぞ仲良くしてやって下さい」
母親は頭を下げるとジャンに向き直り「そうそう、 ジャンボ、 あんたの好物」
りんごの次に何かの包みを取り出した。
「いいから早く帰れ、 ババア!」
ジャンは物凄い剣幕で母親を押し出すと、 ドアを勢い激しく閉めた。
<ひでえなジャンボ>
<ママかわいそうに>
<家にも帰ってやれよ>
「お……お母さんには優しくしてやれよ、 ジャンボ……いや、 ジャン……」
ジャンはエレンを睨みつける。
エレンが言うと、 重みのある言葉になった。
このときだけは、 例え犬猿の仲であってもエレンはジャンの気持ちに痛いほど共感しているはず……。
「エミリ、 どこへ行くの?」
食堂を出ようとするエミリを、 ミカサが呼び止める。
「……トイレに行ってくるね」
エミリは曖昧に笑って見せた。
べつに用を足したかったわけではない。 ただ、 あの空気のなかで食事をする気にはなれなかった。
ついさっきまで、 荷物を運びながらエレンと腹ペコだなと言い合っていたのに……。
だけど、 ミカサにトイレに行くと言って誤魔化してしまったので、 行くだけ行った。
食堂に戻ろうかどうしようかとのろのろ歩いていると、 見覚えのある後ろ姿が______ジャンの母親だ。
困っている様子だった。
______どうしよう……
知らんぷりして横切るのも気が引けた。 けれど、 声をかけたところで何を言えばいいのかもわからない。
「あの……、」
その先の言葉を何も考えずに声をかけてしまった。
もう、 どうにでもなれと思う。
「あら……! あなたはさっきのお嬢さん!?」
ジャンの母は目を丸くして笑った。
「は、 はい……ジャンたちと同期訓練兵のコラールと申します」
エミリの余計な心配など不要だった。
ジャンの母は自らあれこれと喋り始めた。
あらあらまあまあと言って。
「ちょうどよかったわ、 出口がどこかわからなくなっちゃって……お嬢さんご存知?」
エミリが、 はいと頷く間も与えずにジャンの母は喋りつづける。
「いやあねえ……ついさっき入って来たばっかりなのに忘れちゃってねえ。
歳かしらねえ……ここ、 とっても広いから迷子になりそうだわ」
______この人がジャンのお母さんなんだ……
想像したこともなかった。 ジャンの母親のことなんて。
だけど、 自分にも母親がいたようにジャンにもこうして母親がいて______。
エミリはそっと、 くすりと笑う。
母親と言うものはきっと、 心配性でありお喋り好きだ。
エミリの母親もそうだった……。
「私もです。 ここには来たばかりで……まだ建物の中の全てを覚えてなくて」
唯一わかるのは出入口と食堂と宿舎とトイレだけです。 ……とまでは言わなかったけれど。
ジャンの母は笑った。 どうせなら看板でもあればいいのにねえと。
今度はエミリが笑った。 衝突ばかりだったからこそ、 ジャンとでさえここまで笑い合うこともなかった。
それが、 ジャンの母とは初対面なのにこんな風に笑い合える不思議。
二人が本部の外に出るまで沈黙はなかった。
ジャンの母がぽんぽんと質問を含めて話しつづけ、 エミリがそれにこたえると言う形だ。