夢小説 ATTACK ON TITAN


□6話
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訓練兵撤退後、 次の指示がでるまでの待機中にだ。
私は目だけ細めた。

「運がよかったみたい」

ジャンはふっと息を漏らすように笑った。
大勢が死んだこんなときに冗談なんか言うべきではないのだろうけれど、
そうやって無理にでも空元気をださなければいけないほど、 疲れ切っていた。
体力的にも精神的にも。

「だいたい、 おまえは危なっかしいんだよ」

「それはお互い様でしょ」

ジャンと私は水筒に手を伸ばした。
生ぬるくなりつつある液体でも、 充分に喉を潤してくれる。

「優等生のマルコが世話焼いてくれたおかげか」

「それもお互い様でしょ」

濡れた口元を拭いながら、 横目でジャンを見やる。
あえて口にはださないけれど、 私はジャンが死ななかったことを奇跡のように感じている。
______奪還作戦中、 ジャンの立体機動装置は故障してしまったのだ。
よりによって巨人を目の前にして______
マルコが囮になったおかげだ。
そして、 これも口にはださないけれど、 私たちはマルコのことを考えている。
今、 どこにいるのか______。
巨人と化したエレンが岩を運ぼうとする瞬間までは、 マルコと一緒にいた。
だけど、 そこから姿が見当たらない。
作戦中にはぐれてしまうことは珍しくないし、
きっと、 どこか離れた場所で次の指示を待って待機しているのだろうけれど……。
私は、 引っ切りなしに通る負傷者を乗せた荷馬車を見つめた。
馬車の車輪の回転音と、 馬の蹄の音が、 固定砲が榴弾を放つ衝撃と重なる。
耳を塞ぐこともせずに、 ただ茫然としていた。
次の任務______戦死した兵士の遺体の回収作業まで……。

鼻をつく臭気に顔をしかめずにはいられなかった。
夥しい蝿があちこち飛び交う。
どの遺体も無残な姿だった。
それ故に、 そっと持ち上げれば首や腕が曲がってしまったり、 外れてしまったりもする。
荷車には、 誰のものかもわからない首、 腕、 足が積みこまれた。
これは任務だから、 懸命に感情を押し殺す。
私は地面に転がっていた、 やっぱり誰のものかもわからない腕を荷車に乗せた。
転がり落ちてしまいそうで、 そっと押さえながら。

「この荷車はもういっぱいだな。 向こう側の連中を手伝って来い」

「はい……」

先輩が荷車を押していった。
先輩の言う”向こう側の連中”の元へと向かう。
そのなかには、 ジャンも含まれていた。
______ジャン……?
ジャンは、 何とかと言う(名前はよく覚えていない)女と並んで立っている。
その何とかは名簿にペンを走らせていて、 ジャンはただ茫然と立ち尽くしている。
急に湧き起こった嫌な予感が、 ただの勘違いであって欲しかった。
そう必死に願いながら、 ふたりの元へと近づく。

「マルコか……名前がわかってよかった。 作業を続けよう」

何とかは名簿に名前を書きこみ終えると、 私の目の前を横切っていった。
心臓が、 一瞬にして氷つく。
だって今、 マルコって聞こえた……。
______嘘……
嘘 嘘 嘘だ……!
背を向けたままのジャンに慌てて駆け寄る。
ジャンは茫然と立ち尽くしたまま、 遺体を見下ろしていた。
右上半身を噛み千切られ、 蝿がたかり、 骨まで剥き出しの姿になってしまったマルコを______。

「……運ぶぞ」

しばらくのあいだ言葉を失っていたけれど、 ジャンが言う。
だけど私は動けなかった。
マルコが!? どうして? いつ? なぜ死んだ?
こんな姿になってしまったマルコが目の前にいるのに、 これは何かの間違いだとさえ思ってしまう。
だって、 マルコは私たちと一緒だったのに……

「エミリ!」

怒鳴り散らすような声をぶつけられてもなお、 正気に戻ることはできなかった。
こんな状況なのに、 激しく首を横に振ることしか______
もう一度私の名前を呼んだジャンは、 悲痛な叫びと面持ちだった。

「俺だって……、 俺だって認めたくねぇよ。
マルコが死……死んじまってるなんて。
だけど、 もう……弔ってやるしかねぇんだよ……。
ずっとここに転がしておきたいのか……?」

私はまた、 首を横に振った。
______ちがう。 そうじゃない……
もう、 この現実を______マルコの死を受け入れるしかないのに、 わかっているつもりなのに、
この現実を直視できない矛盾に陥っているのだ。
あのとき______
既に下半身を食い千切られて死んでしまったフランツ。
蘇生術を必死にくり返していたハンナも、 きっと、 こんな気持ちだったのだろうか……。
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