それぞれのSweet day's


【第六弾 手塚国光編】
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【第六弾 手塚国光編】



キスと罰を




国光が私の名前を呼び、 これに目を通して欲しいとクリップボードを渡された。




「うん、 わかった! 練習がんばってね」




ついさっき行っていたランニングの記録表が挟まっていた。
その一番上には小さなメモも一緒に。

部活終了後、 部員たちが帰ったら部室に来てくれ。
待っている。


中学生離れした、 達筆で綺麗すぎる文字でそう書かれていた。
甘酸っぱく突き上げる鼓動をクリップボードごと抱きしめて振り向くと
国光は既にコートに入っていた。
何事もなかった顔。 テニス部部長の顔で。




「全員揃ったな。 これより練習試合を始める!
名前を呼ばれた者はそれぞれのコートへ。
それ以外の者は試合の審判にまわれ!
では、 名前を呼ぶぞ・・・・!」







国光が書いたあの短いメモをくり返し思い出し、
ほこりっぽくて少し汗くさい部室をぴかぴかに磨き上げた頃には、
すっかり部活終了時間が迫っていた。
大急ぎで後片づけを済まし、 コート整備の助っ人に入る。
国光が部員たちの前に立ち、 今日の反省会や挨拶をしているあいだ
私はぴかぴかになった部室で部誌を記入する。
__これは部長の役割だけど、 国光の仕事を少しでも減らせたらと
つい最近、 私が引き受けたのだ。__

部誌の記入が終わり部室を出ると、 部員たちがぞろぞろと正面から歩いて来る。
「おつかれさま」を言い合い、 私は彼らの流れに逆走するように歩く。
当然、 その中には国光も・・・・。




「お、 おつかれさま・・・・」

「ああ。 おつかれ」




それだけ言って、 私たちはすれ違って歩く。
目を合わせてそう言ったのはたった一瞬だけで
この後にふたりきりで会う約束なんか、 嘘のように歩く。

だから私は少し不安になった。 あのメモは何かの間違いだったんじゃないかと。
女子テニス部の部室で、 女子テニス部の友人たちと 
お喋りをして着替えながら、 ときどき笑い合う。 ときどき頷き合う。




「えー? マック行かないのぉー?」




制服に着替え終え、 鏡で素早く身だしなみのチェックをしてから部室を出ようとした私を
彼女のなかのひとりがそう呼び止めた。




「ごめんね。 今日は待ち合わせしてるから急がないと・・・・」




なになに? いつの間に彼氏が出来たのぉー? 彼氏? 誰? どこのクラスの?
そんな風に上がる声に曖昧に笑い返し、 私は女子テニス部の部室を飛び出した。
女子と違って帰り支度の早い男子テニス部の部室周辺は静かだった。

高鳴りすぎる鼓動を鎮めようと胸に手を置きながら、 ゆっくりと部室のドアをノックする。
「どうぞ」と、 クールで涼しげなテノール。

おそるおそる部室のドアを開くと、 国光が学ランに袖を通していた。
部員はもうとっくにみんな帰ってしまったらしく、 部室に残っていたのは国光だけ。
国光の愛用しているデオドラントスプレーの香りがほのかに漂っていた。




「あ、あの・・・・メモ読んだから来たんだけど・・・・どうかした?」




学ランを羽織り、 ボタンを止めている国光の背中に向かって私は弱々しくたずねた。
その瞬間、 国光はくるりと振り向き、 鋭い視線を私に向けて来たのだ。




______え・・・・っ!?




その視線に思わず私は一歩、 後ずさりしてしまった。
国光は片腕で私を捕まえて、 もう片方の手でドアの鍵を閉めた。
カチャリとまわる金属音が耳に小さく響く。




「・・・・不二から聞いたんだが」

「え!? 何が・・・・?」




いつもと様子が違う国光に驚き、 さらに後ずさると背中がホワイトボードにぶつかった。
国光がそこに私を追いこむと
ホワイトボードにくっついていたマグネットが乾いた音をたてて床に落下する。




「おまえから心のこもったチョコをもらったと」




チョコ。 ああ、 バレンタインのことだ。




「あげたよ? 不二くんにだけじゃなくて・・・・
 英二や、 大石くんや、 タカさんや、 乾くんたちにも・・・・
日頃お世話になってる仲間だしね」




もちろん、 彼氏である国光にはとびきりの本命チョコ
ハート型のブラウニーを渡した。
不二くんたちにもチョコブラウニーを渡したのだけれど
“友チョコ”らしく四角く切ったミニサイズのものを。




「・・・・・・・・」




国光は何も言わずに私をじっと見つめている。
握られた腕は手首へと移動して、 私の背中と一緒にホワイトボードへ押しあてられる。




「そ、 それが・・・・どうかした?」

「よく覚えておくといい。 俺は・・・・
おまえのこととなると人一倍独占欲が強く、 嫉妬深くなると言うことをな」




切れ長の鋭い瞳で見つめられ、 険しい表情でそう言われた瞬間
胸だけじゃなく、 全身がゾクゾクとした。
甘い電流が体中を駆け巡る。
それに追い打ちをかけるように少しだけ強引なキス。
国光は私をがっしりと捕まえてキスをする。
少し乱暴で強引なのに、 甘くて優しいキス。

唇が離れた瞬間に私を見つめる国光の瞳が変わっていた。
どこか切羽詰まっている余裕のない色______

ああ、 どうしよう。 なんだか嬉しくてたまらない。
こんな顔する国光、 初めて見た。

いつもは冷静でクールな国光がそんなことを言うなんて______・・・・

国光も私と同じなんだ。
私と同じように、 国光も私をちゃんと好きでいてくれてるんだね。

ぞくぞくして、 甘酸っぱくて、 叫びたいくらいに嬉しくてたまらない。
この気持ちをどう言葉にすればいいのかもわからず、
私はたくましい腕の中に飛びこんだ。
国光に抱きつくと、 国光の両腕はたちまち私を包みこんだ。 そっと、 優しく。

離れてなんかあげない。

もっとぎゅうっと抱きつく。
その瞬間、 耳元に「好きだ」と、 甘く優しいテノールがささやかれた。

私たちふたり。 この瞬間を窓の外から不二くんと英二にバッチリ見られてしまい
翌日はちょっとした騒ぎになってしまうとも知らずにね。



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