それぞれのSweet day's


【第三弾 跡部景吾】
1ページ/1ページ


【第三弾 跡部景吾編】



キスとチョコ、甘いのはどっち?




キッチンでひとり、 目の前にある”かたまり”を、 あたしはじっとにらんだ。
そのかたまりの中のひとつをつまんで口に入れる。




「・・・・・・・・」




うん、 “一応”味はトリュフチョコだ。
だけどこの見た目はひどい。ひどすぎる。
まるで、 何かが焦げた残骸に近い。

しばし悩んだ。 十分くらいその場に突っ立っていたかもしれない。
でも、 悩んでいたって仕方ない。
いくらじっとにらんでいたって、 このチョコが綺麗な形に変身してくれるわけじゃない。




「うーん・・・・! かんぺきっ!」




ラッピングは我ながらうまくできた・・・・と思う。

だけど、 翌日の光景を目の当たりにして
このチョコは人前に出すべきものではないと実感。




「おいおい、 押すんじゃねえ。 順番に受け取ってやるから」




景吾が女子集団に埋まるように囲まれている。
彼女たちが手にしているチョコはどれもこれも豪華で綺麗で、
あたしの手の中にあるチョコがますますお粗末なものに見えてしまう。




<跡部様ーっ! 跡部様ー!>

<精いっぱい心をこめました!>

<大好きです! 跡部様ー!>

<跡部様ー! こっち向いてくださぁーい!>

「わかったわかった。 サンキュウな」




景吾が女の子たちのあいだを、 すいすいかき分けて行く。

芸能人かっつの! と、 心の中でつっこむ。
ぼんやりとその光景を眺めていると、 正面から歩いてくる景吾と目が合ってしまった。




「・・・・おい、」




______ダメだっ! やっぱり渡せるわけないじゃん! こんなもの・・・・




景吾は何か言いかけていたけれど、 あたしは踵を返して走った。
部活に向かおうと、 とぼとぼ歩いていると校門の前にトラック。
よくよく見ればさっき景吾が女子集団からもらっていたチョコと似ていた。 ・・・・気がする。
それらがギュウギュウと積まれていく。




「・・・・・バッカじゃないの」




あたしが? 景吾が? 女子集団が? あのトラックが?

どこからか毒が渦巻いて来る。
かすかな嫉妬。 悔しさ。 怒り。
それらが全て混ざって、 あたしの中に毒が渦巻き出す。




「誰がバカだって? アーン?」

「・・・・なっ・・・・、 何で?」




背中越しに聞こえたその声に驚いて振り返ると、 景吾が立っていた。
景吾も走って来たのだろうか。
綺麗にセットされた前髪が心なしか乱れている。




「それはこっちの台詞だ」




舌打ちまじりの返事と共に、 来いと言われ強引に腕を引っぱられた。




「景吾、 待ってっ! 痛いっ! 痛いってば! 」




あたしがどんなにじたばたしても、 景吾は背を向けたまま知らんぷり。
力強く腕をぐいぐい引っぱり続けて早足で歩く。




「俺を焦らしてやろうって作戦か?」




部室へと入り、 あたしの腕はようやく解放された。
だけど今度はあたしを壁に押しつけさせた景吾。
逃がしはしないと言わんばかりに景吾の両腕が両サイドをブロックする。
青い瞳がじっと、 あたしをにらみ、 見下ろしている。




「何がよ?」




ふん、 と、 あたはそっぽ向く。
こっちを向け! と、 またも強引なその手はあたしの顎をつかむ。
景吾の青い瞳に動揺する自分が鏡のように小さく映っていた。




「今日が何の日かは忘れたわけじゃねえよな? アーン?
恋人であるおまえが一番最初に俺様にチョコを捧げるんじゃないのか?」

「け、 景吾はトラックに積みきれないくらいのチョコもらってるじゃん」




景吾は鼻でふんと笑う。




「じゃあ、 俺様なんぞにチョコは渡さないってことか?」

「そ! だって、 あれだけもらってるのに必要ないでしょ」

「そうか・・・・。 じゃあ、 その鞄からはみ出してるのは何だ?
まさか俺様以外の男にチョコを渡す気だったのか?」

「・・・・こっ、 これは、 私用のチョコ! 自分で食べるのっ!」




鞄からほんの少しはみ出していたチョコ。
自分でラッピングのリボンを解くと、 なんともお粗末なチョコトリュフ。




「形は、 まあまあだな」

「うるさいなあっ!」




“きのうまで”今、 目の前にいる人物にこれを渡そうとしていたのに
それを当の本人にド・ストレートに指摘される屈辱と言ったら・・・・!

ああ、 ムカつく! 悔しい!
こんなヤツになんかあげるもんかと、 あたしはチョコトリュフをつかんで口に放りこんだ。
景吾は顔をしかめている。
行儀が悪い? だから何よ。




「本当におまえは素直じゃねえなあ・・・・。
でも、 まあ、 そう言うところ嫌いじゃないぜ。
俺はおまえのそう言う強がりなところにも惚れたんだ」

「・・・・・・・・」




あたしはじっと景吾を見上げる。 もぐもぐと口を動かしながら。
それを見て景吾はおかしそうに笑った。




「冬支度のリスみたいな顔になってるぞ。
それに・・・・口についてる」

「!?」




キス。

と、 言うよりは唇に吸いつかれる感じだ。
景吾の唇が、 あたしの唇をつかまえて優しく吸いつく。




「おこぼれに食いつくみたいになっちまったが・・・・うまいな。
溶けそうなくらいに甘くて・・・・」

「ちょっ、 あ、 景・・・・吾っ!」




景吾のわざとらしい舌なめずり。 これは反則だ。
その唇は、 あたしの唇を離そうとしない。
ときおり舌先で唇をなぞる。

くすぐったい。熱い。くらくらする。立っていられない。

壁にぴったりとくっついていたあたしの背中が徐々に浮き上がり、景吾の手が絡まる。




「他の部員も来ることだし、どっかよそでやってくれへんか・・・・?」

「!?」






いつの間にか忍足君の姿。




______見られた・・・・!




見られたしまった。こんな瞬間を・・・・。




「悪いな。 しばらく取り込み中だ」




景吾は至って冷静。
あたしを奥のトレーニングルームへと引っぱると、ドアを閉めた。
ドアが閉まる直前、 景吾の肩越しにあきれた顔した忍足君が見えた。




「どどどどっ、 どうしてくれんの!?
忍足君に見られちゃったじゃん!」

「・・・・お、まだ残ってたな。 トリュフ・・・・らしいチョコ。
これは当然、 俺様がいただうておこうじゃねえの」

「・・・・人の話聞いてるっ!?」




またも唇で封じられてしまった。




「うるせえ女だな。 何を今さら言ってるんだ?
ふたりだけのときは、 もっとすごいことしてるじゃねえか。 俺たち」

「・・・・バカ!」




景吾のキス攻めを受け止めながら、ドアの向こう側から部員たちの声がするのに。

<岳人、 そっちはアカンで。 跡部が取り込み中や>

<・・・・ったく!>

<あれ? ふたりともどうしたんですか?
そう言えば、 跡部さんとマネージャー、 まだ来てないんですかね?>

<・・・・・・・・>




「さあ、 そろそろ降参しろ。
さもないと・・・・部活が終わった後は容赦しねえぞ?」




当然、 あたしが降参したって景吾は容赦してくれないのだ。



++END++

NEXT→第四弾 切原赤也編
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ