短 想い 心

□黒猫
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 あめあめ ふれふれ♪
 とおさんが♪
 じゃのめで おむかえ♪
 うれしいな♪

『黒猫』

 赤い傘が見えた。
 私は使い捨てのビニール傘。
 赤い傘の影から、左耳だけ白くて、他は黒い毛の子猫が見えた。

 「ヤマト…」

 赤い傘を持った女の子が、呟くように言った。

 …クロネコのヤマト?
 クロネコヤマトの宅急便?

 自然と小さな笑みが漏れた。

 赤い傘を持った女の子が、箱に入れられたままの子猫を抱き上げた。
 泥で洋服が汚れるのなんて、どうでも良いみたいだ。

 あめあめ ふれふれ♪
 もっとふれ♪

 小さな鼻歌を口にしながら、私はその場を後にした。
 少し歩くと、子猫の声が後ろから聞こえた。

 「にゃぁぁ…」

 雨の音で、あまり聞こえなかったりするけど。
 でも、確かに聞こえた。

 雨足は弱くもなく、強くもない。
 コンクリートの地面は、濡れる事はあっても雨水を吸収しない。
 下水道に繋がる排水口が、雨水を地面の代わりに吸収する。
 所々で、水溜まりが出来ている。

 私が歩いた後と、雨水だけが、その水溜まりに波紋を作る。

 かえるのうたが♪
 きこえて くるよ♪

 雨に関する歌なら、何でも良かったのかも知れない。

 家に帰ると、珍しく父さんがいる。

 「ただいま」
 「お帰り」
 「父さん仕事は?」
 「今日は非番」
 「じゃぁ、犯人捕まったの?」
 「目星がついたから、俺は久々の休み」
 「そっか、お疲れさま」

 短い言葉をキャッチボールする。
 それでも、今日は長く話した方だ。
 部屋に行き、ランドセルを置く。
 冷蔵庫を確認して、小さく溜め息。

 ガチャと音を立て、玄関のドアを開ける。

 「どうした?」
 「食材を買わなきゃ」
 「まだあるんじゃないか?」
 「調味料とお米だけね」

 言いながら振り向けば、冷蔵庫の中身を適当に全て焼いて食べた父さんは、不自然に視線を泳がせた。

 「犯人は父さんだね」
 「…犯人を刺激しては駄目だぞ」

 笑いながらの会話。
 久しぶりに色々話した。
 いつもは警部だから忙しいのだ。

 「それじゃ、行ってきます」
 「まだ、あの事件、犯人が捕まった訳じゃない。気を付けなさい」
 「はぁい!」

 最近近所では、小学生を狙う連続強姦殺人事件が多発している。
 強姦は死姦らしいから、まずは殺される。

 流石警察官…それも警部の娘。
 難しい言葉を知ってるね!

 自分をしっかり褒めながら、スーパーまでの道を歩く。
 スーパーで買い物を済ませ、卵を割らないように気を付けて帰る。

 「きゃぁぁ!」

 悲鳴が聞こえた。
 無意識で悲鳴の聞こえた方へと走る。
 到着した時には、赤い傘が少し離れた道路に転がって、雨水により広がった、赤いものと同化していた。

 バタバタと大勢の足音が少し離れた場所から聞こえた。
 犯人は捕まったらしい。

 「…ごめんな」

 不意に肩を父さんに叩かれた。
 掛けられた言葉は、何を意味していたのか。

 「助けられなかったよ」

 私は声を出す事もなく、女の子と子猫の死体を見つめた。
 悲鳴さえも、あげられなかった自分に驚いた。

 にゃぁぁ…。

 子猫の鳴き声が、聞こえた気がした。

 少女の遺体は、遺族に引き取られた。
 子猫の死体は、引き取り手が無かったので、警察で処理した。

 …本当に助けて欲しかったのは、私じゃないよ。
 本当に助けて欲しかったのは……。

 そんな思いを抱いたまま、次の日学校へ行くと、クラスでの会話が聞こえてくる。

 「猫買って貰ったんだぁ!」
 「名前何にしたの?」
 「黒猫だから、ヤマト!可愛いでしょ?」
 「良いなぁ」
 「ヤッパ、買って貰って良かったよ!捨て猫って、どんな病気があるか分かんないじゃん?」

 昨日聞いた、ヤマトの声が、頭に響く。

 にゃぁぁ…。

 …本当に助けて欲しかったのは…だぁれ?
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