短 想い 心

□私の日常@
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『私の日常シリーズ』

 今日は私の誕生日だ。
 だから今、友人がケーキ等を持ち、祝いに来てくれたのだ。
 だが、今の私にそれを喜び、感謝する余裕はない。

 「何かあった?やけに暗いけど」

 友人は私に優しく声をかけてくれる。
 私は友人を見つめると、ゆっくりと口を開いた。

 「私ね、最近寝不足なの」
 「なに?悩み事?」

 私が静かに首を横に振れば、友人は更に心配そうな表情になる。

 「最近、隣に、新婚夫婦が越してきてね」
 「え?!ここ、独身者用でしょ?」
 「先日の台風で、家が破損して、折角だからと建て直しする事になったらしくて、一時的に越して来たのよ…」
 「そっかぁ…で、なんで寝不足なの?」

 友人に悪意はない。
 私は小さく肩を揺らした。

 「ふふ…。壁が薄くてね…毎晩、声がね…」
 「毎晩?!」

 何故か友人は机をバンと叩くと、身を乗り出してきた。
 私は頷くと続けた。

 「そう、旦那さんの声も聞こえるし…」
 「えっ?!旦那さんの声まで?!」
 「…今夜、泊まる?聞けるよ?」
 「えっ!」

 友人は頬を少し赤く染めて、考えている。
 私はそれを無視して、溜め息と共に、吐き出すように言った。

 「毎晩よ…ノイローゼになりそう。毎晩、毎晩…隣の家から…」
 「奥さん、大変ね」
 「奥さんも疲れると思うわよ。旦那さん、ヤル気満々で…休ませてあげないから…」
 「そんなに?!」

 友人はその場で携帯を取り出すと、自宅に連絡を入れて、強い眼差しを向けてくる。

 「私、泊まるわ!」
 「アンタも、一晩泊まれば後悔するわよ。毎晩、毎晩…『ヒッヒッフー!』って聞こえてきて…」

 一瞬、静けさに包まれた。

 「なに?…ヒッヒッフーって、まさか、あの…」
 「もうすぐ産まれるらしいのよ…それで旦那さんも立ち会うらしくて…」
 「…そう、なんだ」

 何故か気落ちしている友人に、首を傾げて問う。

 「どうしたの?」
 「いや…何だか、自分が穢れてる気がして…」
 「そうなんだ?」
 「う…」

 ガッチャーン!
 バリン!

 友人が『うん』と言いかけた所で、隣の家から盛大な物音が聞こえた。
 私と友人は同時に立ち上がると、慌てて隣の家のドアを叩いた。

 「どうしましたか?!何かありましたか?!」
 「奥さん?!」

 私と友人は、ドアを必死に叩きながら、12月の寒い夜に、声をかけ続けた。
 しかし、部屋の中からは、一切の反応が無い。
 私はそっとドアノブを握り、ドアを開けてみた。

 鍵はかかっていなかった。

 そっと覗き込めば、部屋の奥で割れた食器に囲まれて倒れる妊婦さんが一人。
 私は殆んど無心で駆け込み、意識の有無を確認する。
 その間に友人が救急車を手配していた。

 「奥さん、意識はありますか?」
 「……う…」
 「奥さん!」
 「…う…まれ…」
 「産まれそうなんですか?!」

 救急隊員に連絡をしていた友人が、それを聞き即座に反応してくれた。
 救急車が来るまでの間に、ご主人に連絡をした。

 「すみません、隣に住んでる者ですが、産まれそうで、今救急車を呼びましたから…」
 「えっ!今、取引先企業に来てまして…帰るのに5時間はかかりますし…あ〜!」

 パニックを起こした旦那さんを宥め、とりあえず病院についたら連絡すると伝えた私と友人は、到着した救急車に一緒に乗り込み、奥さんと病院まで行った。
 到着した病院で、受付をすませ、旦那さんに連絡したが、その時には終電が無く、朝一で病院に来るとの事が解った。
 私と友人はそれを看護師に伝えると、すぐに病院から帰る事にした。

 「私の誕生日に、凄い事になったね」
 「本当にね…でも、これで暫くは『ヒッヒッフー』が聞こえなくなるでしょ?」

 クスクスと笑いながら言う友人に、微かな怒りを覚えながらも、清々しい気分だった。

 「あの、今、付き添いで一緒に来られた方ですよね?」
 「はい、そうですが…?」

 振り向き答えれば、看護師さんが嬉しそうに頷いた。

 「では、此方へいらして下さい」
 「「は?」」

 私と友人は声を揃えて、首を傾げた。

 「妊婦さんが、立ち会って欲しいと…」
 「…私、隣に住んでる者で、関わりは一切無いのですが…」
 「私はそれの友人で、更に関わりは無いです」
 「ですが…妊婦さんご本人様が、お二人に付き添って欲しいとおっしゃられてまして」

 私と友人は顔を見合せた。
 そして『NO!と言えない日本人』の代表として、分娩室へと消えていったのである。

 …私がその場で、例の『ヒッヒッフー』を言ったのかは、ご想像にお任せします。
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