月下紫舞

□第五章 始まり
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 どんよりと沈んだ空は、昼間だというのに太陽を遮って地上を薄暗くしている。
 そんな日は日中に働く人間たちもどこか沈んだ気分になってしまうもので、いつもと変わらず慌ただしく人が行き来しているカンパニーでも、過ぎゆく人々の表情は暗かった。

「……紫苑珠稀との交友関係……やっと覚悟を決めたか」

 喧騒に包まれたカンパニー内でも、隔離されたように静かな一室で、低い男の声が考え深げに呟いた。
 書類が山積みにされた机に肘をつきながら、一枚の書類を歪んだ眼で睨み、大きなため息をつく。
 PPの本部長は、その鋭い眼光で机の前に直立している青年を睨んだ。

「確かにお前の実力はすでに準一級に値する。昇級できなかったのは吸血鬼とのコネの有無。カンパニーは力だけの社会じゃないからな。コネが必要だということは、誰から聞いた?」

 本部長の問いかけに、背筋を伸ばして真っすぐな瞳で見据え返したのは、PPの黒い制服に身を包んだ椎名祐平だった。

「紫苑珠稀から、教えてもらいました」
「自身を利用しろと唆されたんだろうな。馬鹿正直なお前はすぐに納得できなかっただろ。相手が誰であろうと友人を売ることになるからな」

 にやりと笑った本部長に、祐平は図星だと言わんばかりにギクリと肩を震わせた。
 弟の命日に珠稀と会った時、準一級のPPになるには吸血鬼との関係をコネとして提示する必要があると聞き、そして珠稀を利用するように言われてから約2ヵ月が経とうとしていた。その2ヵ月、祐平は本当に友人を売って自身が昇級していいのかと自問自答を繰り返していた。

「紫苑珠稀は現在の吸血鬼界の当主……そんな奴と交友関係があれば即昇級、といきたいところだが……」

 本部長の言葉に一瞬表情を明るくした祐平だったが、怪しい言葉の濁らせ方に落ち込んだ。
 頬杖をついていた手で不精髭を摩りながら、本部長は祐平を睨んだ。

「椎名、お前は何のために準一級になることを望む?」

 本部長の言葉に、祐平は唇を噛みしめた。
 本当なら、弟の死の真相を暴くため、とすぐに答えたいところだが、昇級できるかできないかがかかっている今は、カンパニーの理念に則って志望理由を答える方が妥当だと思った。

「より……多くの人々を、吸血鬼による被害から救うため……」
「俺はそんなことを聞きたいんじゃない。お前の欲が聞きたいんだ。別に落としはしねえよ。相手が紫苑珠稀だ。落そうにも利害関係の都合上不可能に近くてな」

 種類を机の上に投げるように置き、椅子にもたれかかった本部長は頭をガリガリと掻いた。その口調と仕草に思わず笑ってしまいそうになったが、今はそんな和やかな雰囲気ではないため、祐平は気を引き締めた。

「弟が死んだ事件の真相を知るためです」

 本部長の眼を真っ直ぐ見て、揺らぎない言葉ではっきりと言った祐平に、本部長は一瞬動きを止めた。
 考え込むように、眉間に皺を寄せて溜息をつく。




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