月下紫舞

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 冷たい風が吹き荒ぶ夕暮れ。
 カラスが鳴き、夜の訪れを告げる。
 広大な敷地の中ポツリと佇む屋敷。それぞれの趣味によって好き勝手に彩られた内装は統一性がないが、個性の一言で済ますことができる範囲である。
 そんな屋敷の螺旋階段を、大きな欠伸をしながらゆっくりと降りる少女。
 肩のあたりまで伸びた漆黒の髪は艶々と輝き、うっすらと涙を浮かべた眠そうな瞳は透き通った紫色だ。
 白い肌には幼さの陰に知的な雰囲気を隠し、無邪気な表情の裏には冷たい仮面を持っている。

「珠稀、六時から」

 階段の下を通りかかった全身黒づくめの暁が、何度も欠伸を繰り返す少女に向って言った。
 珠稀は小さく頷くと、目の浮かんだ涙を拭う。
 横に並ぶと、その身長差は歴然とする。年齢にして三歳差、慎重にして約20センチの差である。

「……今何時だっけ?」
「五時。顔洗って目ちゃんと覚まして来てよ」

 ぼんやりと聞いた珠稀に暁は答えた。無表情で何も映さない瞳は黒く沈み、何もかもを隠すことを表すように上から下まで黒一色だ。

「おまえら最近ずっと何やってんの?」

 階段の下でたむろっていた2人に、二階の廊下から声がかけられる。吹き抜けになった階段部、二階の廊下の手すりにもたれて下を向いた凪がいた。
 無造作に伸ばされた長めの茶色い髪は簡単に束ねられ、サラリと肩にかかっている。眼鏡をかけた赤い瞳は細く、いつも何かを笑っているような眼だ。

「パソコンオタクには関係ない」

 凪を一瞥した暁は視界から凪を消しながら冷たく吐き捨てた。その言葉に凪の頬は引き攣った。
 暁の横で眠そうにボーっと立っている珠稀は小さく、薄い笑みを浮かべた。

「オタクって言うなってあれほど言っただろ」
「オタクはオタク」
「朝っぱらから兄弟喧嘩か?」

 今にも手すりを乗り越えて落ちて来そうなほどに身を乗り出した凪と、全く違う方向を向いている暁が言い合いをしていると、リビングの方から樹が来た。
 起きるなり早々毎度の如く言い合いを始めた2人の仲裁に来たのだろう。

「「兄弟じゃない」」
「まあ厳密に言えばそうだけど、一応は同じ血統の仲間だし、同じ家に住む家族だ。仲良くしろよ」

 声を揃えて言った二人に相性がいいのか悪いのか苦笑いを浮かべながらも樹は二人の間に立つ。

「何度言ったってむだだよ、樹さん。犬猿の仲だから。凪、あたし達は能力の練習をしてるだけだから」

 もう一発大きな欠伸をして、寝起きで不機嫌そうな眼でいがみ合う二人を横目で見る。
 淡々と言った珠稀に、樹はあきれ果てた。

「能力の練習だったら俺もつきあう」
「お前とは相性合わないから」

 即答された凪はややショックを受けながらも、不服そうに階下にいる三人を見下ろす。
 暁は無表情のままそっぽを向いていた。

「そこは仕方ないな、凪。珠稀と暁は水と炎で相性がいい。練習には便利な組み合わせだから」
「だったら珠稀と俺が……」
「水と電気で珠稀を一方的に感電させる気か? それに凪はもう練習なんて必要ないだろう。あとは自分で日々磨けばいい」

 同じ吸血鬼の子供たちに能力の使い方を教えている樹は能力の練習法のエキスパートと言っても過言はないだろう。組み合わせを判断し、能力の長所や短所を見分け、それにあった戦闘方法など的確に指示できる。
 凪はムスッとしながら大きな舌打ちをした。




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