月下紫舞

□第二章 複製
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 青い空も白い雲も鮮やかなオレンジ色に染める夕日が半分に切られている。
 広い庭園に囲まれた中央に佇む洋風の建物。屋敷とも言えるであろう広さの建物の中は、実に様々な趣味で彩られている。
 個人個人好きにコーディネートされた屋内は統一性のない、やや不思議な空間だ。
 人の気配を感じさせない静かな家の中、リビングのテーブルに座って鼻歌を口ずさみながら液晶画面相手に宿題をしている黒髪の少女がいる。
 二階の突き当りの部屋の中では、ベッドの中でモソモソと寝返りをうって静かな寝息を立てて眠る少女の面影を残した女性。
 その二人以外に人影は見当たらない。

「あっ! 仕事!」

 寝ぼけ眼のままいきなり起き上がった紫苑珠稀は自分の発した寝言に首を傾げた。
 寝癖がつかないサラサラの漆黒の髪を掻きながら、眠そうに紫の瞳を瞬かせた。

「ああ……帰って来たんだっけ?」

 誰に問いかけるわけでもなく、事実を確認するように一人で呟くと、眠たい目を擦る。
 白く透き通ったカーテンからは眩しいオレンジ色の光が差し込んでいる。時計を見ると5時を指していた。吸血鬼は大体4時に起きる。
 珠稀はよたよたと部屋を歩きクローゼットから服を適当に取り出した。寝巻きを脱いで着替えると、鏡に映った自分をじっと見つめる。

「身長……伸びてないよなあ……」

 落胆し溜息混じりに呟いた珠稀はスリッパを履いて部屋を出た。
 洗面所で歯を磨き顔を洗い、簡単に朝食をとって……。
 行動予定を立てながら階段を下りていた珠稀は、ピタリと立ち止まってその場に蹲った。

「……っ……!! 拒絶反応が始まったか……」

 痛みに歯を食いしばりながら呟いた珠稀は胸を押さえて蹲る。
 ベルリアの血を大量に飲んでから約1か月、ベルリアの持っていた能力を手に入れた代わりに、体内での血の拒絶が始まったのだ。
 吸血鬼は能力を手に入れるために相手の半分以上の血を飲み干す。それによって既存の血液と融合され能力が使えるようになる。融合するたびに血液型も複雑に変化していく。
 その融合の際に既存の血液が入ってきた血液を呑みこむ時、入ってきた血液は当然拒絶する。その拒絶が、身体へ影響を及ぼす。
 融合はいつ始まるかわからないため、珠稀はびくびくしていた。
 身体の内側から引き裂かれるような痛み、呼吸困難や不整脈、頭痛、貧血などが主な症状だ。

「姉さん? 大丈夫?」

 階段の下を通った黒髪の少女が、踊り場で蹲る珠稀を発見して駆け寄ってきた。
 珠稀は冷や汗を垂らしながらニッコリと笑った。




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