月下紫舞

□第一章 明白
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 空はどんよりと暗く沈んでいる。風もなく、太陽の光もない。
 ひんやりとした朝の空気が肺にしみる。
 珠稀は大きく深呼吸をした。雲で埋め尽くされた暗い空を眺める。
 この暗い空の下に、母はまだ生きている。父の灰を持って、今も逃げ続けているのだろう。
 父の死と母の逃亡を聞かされた日から二ヶ月、珠稀は今日学園に入学する。
 父の灰を母が政府から持ち出し逃亡しているという情報が入ってから、珠稀は父の死の真相を知る事と母を捜すために動いている。ばれないように。

 珠稀は頬を軽く叩くとまだつけていなかった制服のリボンを、鏡を見ながらつける。
 静かな部屋で時計の針が時を刻む。時刻は朝八時。
 入学式の今日、新入生の出欠点検は八時四十五分だが、珠稀は理事長の命令で先に吸血鬼クラスとの対面をさせられる。

「吸血鬼に会ってこれから君たちを取り締まる瀬川珠稀ですーなんて言わすわけじゃあないだろう……」

 ブツブツと独り言を言いながら鞄に必要な荷物を詰める。
 この学園は寮制のためカンパニーに部屋を持つ珠稀も学園の寮に入れられた。但し長期任務を兼ねての入学とPPであることを考慮しての特別な部屋を与えられた。男子寮と女子寮へのゲート前にある広い部屋。ゲートを映したモニターと通る生徒の詳細情報が送られてくるパソコンが設置されている。生徒を守るという学園守護の一つだ。他にも学園中に設置されたカメラの映像も見れるようになっている。
 珠稀は長い髪を櫛で梳かし、目の色がちゃんと黒いかどうか鏡をじっくり見て確かめた。
 身支度も完了し、人間への変化が抜け目ないことを確認すると珠稀は鞄を持って部屋を出た。指紋センサーで鍵をかける。
 部屋を出て右側には生徒の寮へのゲートがある。正面にはカンパニーへ通じる渡り廊下。左側が校舎に繋がる扉だ。
 珠稀は自分の足音を聞きながら廊下を歩く。この時間帯に登校している生徒などいないだろう。

「あ、珠稀さん。おはようございます。早起きですね」

 生徒などいないと思っていた珠稀はいきなりの声に驚いた。長くて真っ直ぐな茶色い髪を揺らしながら少女がニッコリと微笑みかけていた。少女の隣には背が高い少年もいた。

「柑……それに笹木先輩。また理事長の手伝い?」
「いっつも思うんだが何で俺だけ先輩扱いなんだ? PPが訓練生に対して先輩って言うのはどうかと思うけど?」

 少年の方が珠稀に答える。彼らは理事長の息子と娘だ。笹木宗吾と柑(ツクミ)。柑は珠稀と同い年だが宗吾は一つ上だった。
 柑は持っていた書類の束を落とさないように抱えながら珠稀のもとへ走りよってくる。

「柑は親友だけど先輩は理事長の息子さんだから。無意識で」
「私も理事長の娘さんですよ?」
「柑はいいの」

 珠稀は小さく笑いながら言った。柑とは理事長の門下生になった時から仲が良かった。とてもお淑やかで良識のある清楚なお嬢様といったような少女だ。

「珠稀はこんな朝早くからどうしたんだ? ま、俺らはいつも通り雑用だけど」

 柑より多い書類の束を持った宗吾がため息をつきながら言った。珠稀は苦笑いを浮かべた。

「理事長に言われたんだよ、吸血鬼クラスの人と先に会っておけって。早い時間帯の方がまだ起きてるらしいから」
「私もご一緒して宜しいですか?」

 柑は目をキラキラさせながら珠稀の腕を掴んだ。珠稀は驚いて目を見張る。




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